今日は何の日?





 私の知らない世界がある。
 その世界から、突然目の前に現れた白龍の神子。
 私の対になる、とても前向きで眩しい女の子。
 大切な私の親友は、戦が終わると兄上の花嫁になった───





「朔ぅ〜!あのね、これからイチゴ摘みに行こうかなって思ってるの。いいかな?」
「どうしたの?いいのよ、私の事は。出かける時は、行き先だけしっかり教えてくれればね」
 本日の洗濯を終えたが朔に飛びついた。
「ありがとっ!今日ね、景時さんとデートしよって。でね・・・・・・」
 大きな瞳で見つめられると、朔とて鼓動が跳ね上がる。

(・・・何だか兄上の気持ちもわかるわね)
 その昔、の笑顔に耐えられなかった景時が、血液をあらゆる場所でばら撒いてくれたものだ。
(お掃除大変だったわ・・・今では懐かしいわね・・・・・・)
 想い出に浸りつつ、の髪を撫でながらのんびり本日のたちの予定を聞いていると、家から
叫び声が上がる。


「な、何してるのっ!駄目だよ、オレ以外とっ!!!」


 裸足で階から駆けて来る人物が一名。
(・・・兄上・・・・・・の前で叱りたくはないけれど・・・・・・)
 の腕を取り静かに離れ、此方へ走ってくる景時と向き合う朔。
 ピシリと扇の先を景時へ向けての第一声。


「兄上!裸足で庭へ降りない!足をなんとかなさって下さいっ!!!」
「は、はいいいぃぃぃぃっ!!!」
 まであと数歩の所で景時が姿勢を正して直立不動で返事をした。



 が軽く瞬きをしてから、二人の遣り取りを見て笑い出す。
「もぉ!景時さんたら。朔は女の子ですよ?それに、今日景時さんとお出かけするって話を聞いて
もらってたのにぃ。ね?朔」
 が干したばかりの手拭を一枚取ると、景時と手を繋ぐ。
「足は向こうで私が拭いてあげますからね。じゃ、朔!お出かけしてくる〜〜」
「ええ。いってらっしゃい」
 二人を見送りながら手を振る朔。



 が兄上の花嫁になってくれてよかった。
 だって、あんなに情けない兄上なのに全然気にしていなくて。
 それどころか、さっきの様にさり気なく兄上を助けてくれるの───



たちが出かけるなら・・・私は白龍と遊ぼうかしら?」
 何も知らない朔は、譲の稽古について行った白龍の帰りを待った。







「さっきはごめんね?その・・・・・・」
「?・・・何がですか?それよりぃ、すっごく美味しそうなイチゴをたくさん摘まなきゃですよ」
 少し遠出なので、馬に乗っている景時と
 二人に任されたのはイチゴの準備。
「えっと・・・朔とね?」
「あ、あれですか?朔にぎゅって安心するんですよ。私ね、お姉ちゃん欲しかったんですよね〜。
本当にお姉ちゃんが出来ちゃうなんて、嬉しくって」
 景時の妻がである。どう考えても朔はの妹なのだ。
ちゃん?あの・・・・・・」
「うん。知ってますよ〜。でも、いいの。朔がお姉さんなのっ」
「あはは。そっか。オレもなぁ、朔がオレの姉上な気がするよ」


 今日は朔が生まれた日である。
 梶原邸での準備は不可能なので、場所は九郎の邸という事で話が決まっている。
 ただし、ケーキのイチゴは季節的にも新鮮なものがイイという事で当日に持ち越された。
 ケーキは今頃譲が焼いているだろう。


「早くイチゴを摘んで帰って。朔を迎えに行かなきゃですもんね!朔、喜んでくれるかな〜」
 一週間前からコツコツと準備をしていた。
「もちろんだよ!こういうのって、した事なかったし、考えた事もなかったもんな〜」
 生まれ日を祝うという感覚は、景時たちの世界で生きる者にはない。
 誰もが同じく年明けに年を重ねるのだから。

「えへへ。景時さんが朔のお誕生日覚えていてくれてよかった。そういうの無いって知らなくて」
 思いついたはいいが、個人の生まれ日など母親くらいしか覚えていないというのは知らなかった。
「ん〜。ま、一応ね。オレってば、こう見えても・・・・・・」
「とっても優秀な陰陽師で武士ですもんね!私の旦那様は」
 ニコニコと嬉しそうに景時を見上げる
 景時の鼻に危険が近づいている。


 ぽんっ!・・・のしっ───


「わ!チョビったら。景時さんの髪がへにゃってなっちゃうよ〜〜〜」
 景時の肩から頭へと飛び移ったチョビへ手を差し伸べる
 素直にの手のひらへ乗ると、自然との膝にいるモモの隣へ降ろされた。
「めっ!ここで大人しくしててね」
 チョビの額辺りを指でぐりぐりと押す

(チョビ・・・ありがとな〜。助かった!)
 心の中で景時は必死に感謝の意を繰り返す。
 チョビが景時の意識を反らしてくれたおかげで鼻血男を免れた。
 何事もなかったかの様に頼んであったイチゴ畑へと到着した。



「イチゴだぁ〜〜〜!」
 苺が一面に並んでいるのは壮観である。
「え〜っと?どれくらい必要かなぁ?」
 篭を持った景時も畑を見渡す。
「ケーキの分と、そのまま食べても美味しいしぃ・・・明日、他のおやつを作ってもいいですよね!」
 くるりとが振り返る。
「そうだね。少しくらい多くても無駄にはならないね!」
 好きなだけ採っていいと言われているのだ。張り切って苺摘みを始めた。







「こんにちは〜〜〜。譲くん?」
 京都守護邸の裏手にあたる場所にあるのが九郎の邸だ。
 直接裏口から入れるのは限られた人間しか居ない。
 景時の案内で台所へ苺を届けに入る
「あ、早かったですね。まだ焼き上がったばかりですよ」
 スポンジを冷まさないとこの後の作業は出来ない。
「よかった!あのね、すっごくたくさんあったの。だから、他にも何か出来るかな〜って」
「じゃ、苺は洗えばいいのかな?どうする?」
 景時が篭いっぱいの苺を譲に見せる。
「え〜っと・・・ケーキには間に入れるのと、上に乗せる分くらいだから・・・・・・」
 小さなザルを手にしたが必要そうな数だけより分け始める。

「これくらいがケーキの分!後はどうしよ〜。すぐに作れるのって何かな?」
「そうだろうと思って。先輩!イチゴといえば?」
 譲が指で三角を作る。
「あ!イチゴパフェ!・・・でもぉ、アイスは無理だよ。何か替わりを・・・・・・」
 も大好きなイチゴパフェ。朔に話をしたことがある。
 けれど、こちらの世界には冷蔵庫が無いのだ。アイスの用意が出来ない。
「それなら無理じゃないんだよね。ね?譲君」
 景時がの肩を軽く叩いてから、台所の端を指差した。

「・・・何ですか?アレ」
 今度はがその物体を指差して景時を見上げる。
「あれはねぇ・・・譲君に言われるままに作ったんだけど。面白いものが出来るんだよね」
 姿を消した譲が再び台所へ戻ってきた。
 その手にはリズヴァーンが富士から取り寄せた氷がある。

「先輩。あれ、俺が景時さんに頼んだんです。いわゆる、アイスクリーマーですよ」
 箱の下へ氷を入れる引き出しがついている。後は材料を入れて取っ手を回すだけだ。

「すっ・・・ごぉーーーーーーい!景時さんっ」
 景時に飛びつく。残念ながら発案者よりも作製者への感謝が上だったらしい。
「え〜っと・・・ちゃんが好きな材料を入れたらさ、後はオレが回すし」
「うん!嬉しいぃぃぃぃ。でも、おやつの時間に合わせないと溶けちゃうから・・・・・・」
 が指折り時間を計算する。

「そうですね・・・食事の支度はあらかた済んでますし。他を先に揃えましょうか」
 パフェといっても、アイスだけでは完成しないし、ケーキもこのままでは未完成である。
「んっ!朔、喜ぶといいなぁ。白龍にもパフェを食べさせてあげられるなんて思わなかったよ」
 楽しそうに台所で動き回る
 景時は譲とから言われた事だけを手伝い、誕生会の場所の方はヒノエたちの分担だ。
 着実に準備は進んでいた。







「朔!あのね、この着物に着替えて?」
 ドタバタと帰宅すると同時に、が馬酔木柄の新しい着物を朔へと手渡す。
?!この着物は・・・・・・」
「いいから、いいから!細かい事は気にしな〜いの。早く、早く」
 朔の背を押しながら、朔の部屋の前へと到着する。
 手早く戸を引くと、朔を押し込めてすぐに閉めた。
「早く着替えてね?今から一緒にお出かけだからねっ!」
 中にいる朔へ声をかける
 朔もの希望には逆らえない。
「ふぅ。突然なんだから・・・・・・わかったわ。すぐに着替えて行くから」
「うん!待ってるね。出来るだけ急いでね〜」
 どうやらも着替えるらしく、足音が遠ざかる。
「・・・兄上と出かけて、何か見つけたのかしらね」
 以前も出かけたと思ったら帰って来て、一緒に木の実拾いや花見をした事がある。
「私の事はいいのに・・・・・・」
 景時と出かけたのならば、朔の事は気にしなくていいと思う。
 けれど、にとってはそうはいかないらしい。


 『嫌ですぅ〜だ。だって、お花なんて一瞬で咲ききっちゃうもん。今じゃなきゃダメなものは
ダメなんだってば!一緒の記憶って、嬉しくな〜い?ほら、戦だったけどさ、熊野で一緒に温泉に
入ったでしょ?後であの時は〜って。そういうの嬉しいよね?ね?』

 ずりずりと膝を進めて詰め寄られ、朔の背もこれ以上無いところまで後ろに反った───


ったら・・・本当に前向きというか、面白いわね」
 いきなり剣を振るい封印をする大胆さと、道端の小さな花にも気づく繊細さ。

(それがですものね・・・・・・)
 だからこそ、誰も気づかなかった景時の闇に光を当てられたのだろう。

「急がないと、大変!」
 手早く帯を締めると、が待っているだろう表門へと早足で向かった。





「きゃ〜〜〜!やっぱりすっごく似合う。朔、ステキっ!」
 が飛びつこうとするのを、辛うじて景時が引き止める。
ちゃん。オレ以外には飛びつかないでよ〜〜〜」
「へ?もぉ!景時さんってば。朔は特別だからいいんですぅ〜。朔!九郎さんのお家へ行こう!」
 朔の手を取ると、歩き出す
 二頭の馬の前には、リズヴァーンが立っていた。
「・・・馬?」
「そ!馬なの。めちゃ急ぎなの。だから・・・そのぅ・・・先生と馬で・・・・・・」
 景時と朔という組み合わせがいいのはわかっているが、も景時と乗りたいのだ。
 景時の焼きもちを上手くかわす割には、その実しっかり景時優先だったりする。
 そんなが可愛らしく、ついつい何でも承諾してしまう朔。
「気にしないで。リズ先生ならば安心ですもの。よろしくお願いいたします」
 そのまま九郎の邸へと馬を走らせた。





「これは・・・何かの宴ですの?」
 部屋へ入れば、かつて旅した仲間が全員そろって料理を囲んでいる。
 何も告げられていない朔としては、状況が飲み込めていない。
「あのね、朔のバースデーパーティーなんだよ!」
 が朔の手を取り、中央の円座に座らせた。
・・・その・・・ばあすでぇ何とかというのは・・・・・・」
 間違いなく名前を呼ばれた。

(私に関係するのよね?)
 
「つまりぃ・・・朔のお誕生会!私ね、約束した食べ物が景時さんのおかげで出来ちゃったの!」
 景時の誕生会を過去にした事があるが、“バースデー”とは誰も言わなかった。
 朔の前に一番に置かれたのは、特製のスペシャルパフェである。
「・・・・・・ええっ?!私のためでしたの?!」
 腰を浮かしかける朔の両肩を押し付けて、が朔の肩越しにパフェを指差す。
「朔、お誕生日おめでとう!私と景時さんからの贈り物はこの着物だったんだけど。パフェも追加
なんだよ?前に話した事があったよね。甘くて冷たくて美味しいの!溶けちゃうから食べて」
 大切な親友へ一番にプレゼントを渡したかった。
「皆様お忙しいのに・・・ありがとうございます。、頂くわね」
「うん!」
 朔の隣に座ると、食べる様子を窺う

「・・・冷たい・・・・・・不思議な味。こんな風にイチゴを食べたりするのね?」
 朔が食べたのを合図に、他の仲間も小さなパフェを食べ始める。
 かき氷といえば、かなりの贅沢品だ。
 それすら口にした事無い者には、アイスは考えもつかない食べ物だろう。
 様々な反応が起きる中、白龍だけはしっかりとおかわりを強請っていた。

「美味しい?少し甘すぎちゃったかな?」
 も自分の分を食べながら、朔に感想を尋ねる。
「大丈夫。美味しいわ・・・が食べていたものがこちらで食べられるなんて・・・・・・」
「そ〜なの。景時さんのおかげなの。発明で作ってもらっちゃった!氷はね、先生のお友達が用意
してくれたんだよ」
 軽く話しているが、貴重な氷をどこからこのようにたくさん用意できたのか?
 これこそがリズヴァーンからの贈り物でもあるのだと覚る朔。
「そう、そう。誕生日にはケーキ!ケーキはね、譲くんが作ったの〜。お部屋の準備やお料理はね、
皆で。でね、どどぉ〜んとプレゼントもあるんだよ」
 が手招きすると、代表でヒノエが朔の前へ進み出た。

「お誕生日おめでとう、朔ちゃん。いつもお世話になってるからね。皆で張り切って用意したんだぜ?
受け取ってくれるよな」
 程よい大きさの小箱に、髪飾りと扇が入っていた。
「まぁ・・・・・・」
 見事な細工が施されている髪飾りと扇。とてもいい品物なのは、一目でわかる。
「はい、ヒノエくんは離れて、離れて〜」
 すぐにも朔の手を取りそうなヒノエを、さっさと引き離しにかかる
「ちぇっ。冷たいね、姫君は。もう用無し扱いかい?」
「だって。ヒノエくんって油断ならないもん。ダメなのぉ〜だ」
 ヒノエが肩を竦めて、近くに座っている景時へ視線を投げかける。
「俺って危ないとか思われてる?」
 今度は景時が両手を軽く上げながら肩を竦める。
「そりゃそうでしょ。皆も思ってると思うけど?」
「はぁ〜〜〜〜〜あ。朔ちゃんからこう・・・ちゅっとか、何か・・・・・・」
 一瞬風が起こり、気づけばヒノエが後頭部を押さえていた。

「おや?どうしましたか、ヒノエ。いつまでも朔殿の前に居座らないで下さいね?」
 誰もが見えなかった早業。たとえ見えたとしても、誰もが口出しできない。
「そ〜だよ。今日は私が朔のお隣ぃ〜」
 本日の主役である朔の肩へと寄りかかる
「まあ・・・いつも隣でしょう?」
「かな?」
 顔を見合わせて笑う二人。
 朔とを眺めているだけで場が和む。

「朔、嬉しい?」
 いつの間にか白龍がちゃっかり朔の膝にいた。
「ええ・・・・・・生まれた日をお祝いしてもらうのって、こういう気持ちなのね・・・・・・」
「そ〜だよ!生まれてきてくれて、ありがとうっていう日だもん。そうじゃなきゃ出会えないんだよ」
 の言葉を、それぞれが反芻する。

「じゃ〜、次はメシ食って乾杯か〜?」
「どうしてそうなるんだ・・・・・・」
 将臣の短絡思考に譲が頭を抱える。
「そうですねぇ・・・主役は朔殿ですから。朔殿のご希望に添わないとね?」
 弁慶がさりげなくまとめれば、ようやく九郎も口を開く。
「そうだぞ、将臣。食べるのが本日の会の主旨ではない。朔殿の生誕を祝うんだ」
「生誕とか言うとカタイね〜。やっぱパーティーって響きがよかったよな?」
 さっさと盃を手にしているヒノエが茶化す。
「ヒノエは騒ぎたいだけだろう」
「うわ〜、冷たいヤツ・・・・・・」
 敦盛に痛いところを突かれていた。


 
 彼方此方で会話が交わされ、朔の隣に残ったのはだけだ。
。いいのよ、兄上の方へ・・・・・・」
「いいの!あのね、ほんとはお家でしたかったんだけど、朔にばれないように九郎さんのお家借りたの。
来年からはお家でしようね。家族のお誕生会を企画するのって楽しいよね〜」
 家族の・・・という言葉が朔の胸に響く。
 に感謝を伝えたいが、景時の前では素直に表情に出したくない気持ちもある。
 景時が調子に乗ることなどわかりきった事だからだ。

「そうね。兄上が皆様のお役に立てたなんて。一番の贈り物だわ」
 少しだけ皮肉を込めて、本当は喜びを込めて言葉を選んだ。

 朔の言葉に反応した景時が駆け寄ってくる。
「それってさ、もしかして、オレ、褒められてる?」
 自分を指差しながら、朔に確認を入れる景時。

「・・・・・・たまにはいいでしょう?」
「やった!ね〜、ちゃんも聞いたよね?オレ、初めて朔に褒められたよ!」
 妹をそっちのけでの膝へコロリと横になる景時。

「初めてって・・・そんな事は無いと思いますけど。朔のお誕生日ですからね。記念が増えましたね」
「ほんとだ〜、いい日にイイコトが重なってる〜」
 に頭を撫でられ上機嫌の景時。
 景時がのびのびと寛ぎ、また、喜んでいるのが伝わる。



 は兄上の取り扱いが上手ね?
 毎日がとても楽しいの。
 誕生日という特別な日じゃなくても───



 朔の誕生日。
 日が傾き始め、一日が終わろうとしている。
 明日もいつも通りに楽しい日になるだろう。



 の誕生日には、どんな悪戯をしようかしら?



 誕生日の祝い方は、色々である。
 あなたが生まれた日に、出会えた偶然に感謝をする日───






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朔ちゃんのお誕生日は5/10設定らしく。朔ちゃん、おめでとうv珍しく主役が「景時×望美」じゃないのです。うわ〜!     (2006.05.09サイト掲載)




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