起こしてね?





「ね〜、ちゃ〜ん?続きしよ〜」
 微かにの腕が動く。
 ようやくといった感じで景時を押し戻した。
「・・・無理・・・です・・・・・・も、ちょっと・・・休んだら・・・・・・」
「わかった〜〜〜」
 のんびり返事をしながら、を抱き寄せる。


(そうだよなぁ・・・久しぶりだからって、無理があるよな)
 ふと、先週以来忙しさと休みが無いためにに触れていなかった事を思い出す。

「・・・ごめんね?」
 の額にかかる髪を除けながら、さり気なく髪を梳くとの口元が緩む。
 目蓋は開かれなかったが、嫌がってはいない様子に安堵する景時。
「オレも少し眠いかな・・・・・・」
 の顔を眺めながら、景時もいつの間にか眠りに落ちていた。 





 明日は休みなんだから・・・と。
 もちろん・・・ま、色々と夜は忙しかったわけで。
 だからといって、完全に意識が途絶えた眠りは久しぶりだった───





「・・・っ・・・ふぁ〜〜〜あ。明るいな・・・・・・ええっ?!」
 周囲の明るさによって目覚めを促された景時。
 どう考えても朝餉は済んでいる刻限だろう。
 褥へ手を当てれば、彼の人の温もりも残り香も無くなっていた。
「は?・・・・・・いつ起きたの?・・・・・・居なくなった?!」
 正直、が起きる気配には常に気づいている。
 ただ、気づかないフリをしている事が多いだけなのだ。
 が喜ぶからに他ならないのだか、今回ばかりは勝手が違う。
「大変だ!」
 を探すべく、慌てて手近な着物を着込む。
 ただし、元の世界へ戻ってしまったかもしれないという事を考慮しなくてはならない。
 その場合、朔に知られるわけにはいかないため、静かに邸中をさり気なく歩き回った。


ちゃん・・・・・・)


 焦る気持ちはあるものの、大事に出来ない事情がある。
 が普段しているであろう行動の順番に移動すると、庭先で後姿を見つけた。


(いたっ!よかった・・・・・・)
 胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は悪戯を思いつく。

(バレちゃうだろうけどね・・・・・・偶にはいいよね!)
 足音を忍ばせながらに近づけば、が柄杓で水を撒いているのが見えた。


ちゃんっ!おはよっ。何してるの〜?」
 の背中に抱きつく景時。
「あっ。おはようございます!景時さん。ゆっくりできました?」
 動かしていた手を止めると、静かに振り返る。
「ん・・・・・・でも・・・心配しちゃった。起こして欲しかったな」
「心配?・・・・・・景時さんっ!そんな事考えてたの?」
 景時の心配の考えを察したが声を上げた。
「ごっ、ごめん!その・・・まったく知らないうちに居なかったから・・・・・・」
 両手を上げてから離れる。
「もお〜!しばらく忙しくて疲れていたっポイから、わざと起こさなかったんですよ?
起きるまで寝かせてあげたいな〜〜〜って。変な心配させちゃったなら、ごめんさない」
 に先に頭を下げられて、慌てて景時はを抱きしめた。
「ち、違うんだ。オレの勘違いっていうか・・・その・・・うん。ちょっと寂しくなって。
だからちゃんが悪いんじゃなくて・・・その・・・何だっけ?」
 言い訳をしているうちに、話の方向がズレてきた景時。
「うふふ。おもしろ〜い、景時さん。じゃあ!もしも次があったら、その時は寝顔を眺めて
起きるの待っててあげますね!」
 微笑むが眩しくて、景時の頬が染まる。
 さらに、頬の辺りを指で掻きはじめる。
「な〜んか、それも照れるなぁ。・・・ところで、何してたの?ここに水撒いて」
 話の方向を変えるべく、最初の疑問をぶつけてみた。

「あ、ここ?ここにですね、種を蒔いたんですよ。だから!」
「種〜?」
 再び柄杓でまだ乾いている土へと水を撒き始める
「種です。夏にね、にょきにょき出てくるはずなの。朝顔が!何色かな〜って楽しみ」
「へ〜〜、朝顔かぁ。オレも一緒にしたかったのにな〜」
 再びの背からを抱きしめながら、小さく盛られた土へ視線を移す。
 最後の山にが水を撒き終えてしまった。

「お洗濯はまだですよ?もしかしたら、景時さんが起きるかな〜って、後にしたから」
「やった!じゃ、今から二人でお洗濯しよ?」
 の手から手桶と柄杓を取り上げると、元気に歩き出す景時。
 目指すは洗濯用の盥と洗濯物だ。

「ちょ〜っと待って下さい!景時さんは朝ご飯が先っ!冷めちゃってるから温めますね」
「え〜〜、いいよ。そんなの後で」
 口を尖らせる景時。
 戦時を考えれば食べなくても支障がない。
「だめっ!それだけはダメなの。食べて〜〜〜!」
 に腕をとられ、引きずられる様に部屋へと向かった。





「お洗濯〜〜〜楽しいな〜、二人でお洗濯〜〜〜」
「景時さんたら!また歌作ってるぅ」
 他愛も無いおしゃべりをしながらの洗濯は、洗濯の時間には少し遅すぎである。
 けれど、景時との分の洗濯物以外は既に済んでいる。
 手を動かしながら口も動かしと、楽しく洗濯を終えた。

「さってと!景時さんはお休みなんですから。のんびりゴロゴロしていて下さいね」
 最後の洗濯物を景時に手渡し、が先に戻りかける。
「待った!どうして?オレだけ?ちゃんも休もうよ〜〜〜」
 すっかり眉毛がハの字になっている景時。
 が首を傾げた。
「・・・だって、私ってばお仕事してないから毎日お休みだし」
「じゃ、一緒にいようよ!」
 最後の洗濯物を素早く干し終えると、の両手首を掴んで説得にかかる。
「それでも、ご飯の支度やおやつの準備は別ですもん」
 景時が休みでも、八葉の誰かが寄ってくれるかもしれないのだ。
 おやつは準備をしておきたい。毎日考えて作るのが楽しい。
「いいよ〜、そんなの。朔に頼めば。オレといよ?」
 精一杯可愛い仕種で頼んでいるつもりの景時。
「景時さん。お休みは休むものですよ?」
 先週の帰宅時間を考えれば、辺りは真っ暗、食事も半端に寝てしまっていたのだ。
 心配で仕方ない
「や〜だね!じゃ、いいよ。勝手に一緒にいるから」
 の袖を掴む景時。
「・・・・・・もぉ!わかりました。私もする事はしなきゃだからいいです」
 珍しく強情な景時に根負けして、うっかり一緒にいる事を許可してしまった
 この後、どこで何するにも景時が着いてきた。





「・・・兄上。少しはお考えになっては?」
 台所で、いい加減焦れた朔が景時に軽く嫌味を浴びせた。
「何が〜?いいでしょ。オレ、休みだし」
 相変わらずの袖を掴んだまま、台所で作業をしているの背後にピタリと寄り
添っている景時。ついでにチョビとモモまで肩にいたりする。
「はぁ〜〜〜。兄上には何を言っても無駄ね。・・・、今日は諦めて?」
 視線をそのままおやつの準備をしているへと移す朔。
「へ?諦めるって?何も諦めたりしないよ?もうすぐ出来ちゃうし」
 本日のおやつは豆大福の予定である。後は餡を餅に包むだけといった状態。
 溜息と共に朔が静かに首を横に振った。
「・・・そうじゃないのよ。ここに兄上がいるのが問題なの。がいると、兄上も
離れないでしょう?」
 朔は困らないが、他の使用人たちが邸の主がいるので気兼ねしているのだ。
 気まずい空気を察していないのは景時とだけである。
「え?景時さん、大人しいし。私は平気だよ」
 振り返ると景時と目が合う。嬉しいので微笑む
 いよいよ真意が伝わらないと、軽く額に手を当てる朔。
「え〜っと。そうではないの。・・・、今日は兄上とのんびり過ごすのはどうかしら?
最近二人で出かけていないわよね?」
 優しい口調で静かに追い出しにかかる。
 と台所でおしゃべりをしながらの料理は楽しいが、景時がどうにも邪魔である。
 最大多数の幸せを考えるならば、景時を遠ざける策はひとつしかない。
「う〜〜〜ん。ダメ!景時さん疲れてるし。デートはしないもん」
 まったくわかっていないが首を横に振った。

「・・・オレ、ちゃんといたいだけだし。そう邪魔にしなくったってさ・・・・・・」
 子供のように朔に向かってあからさまに口を尖らせている景時。
 流石に朔も言い過ぎたと、景時の意見を聞くことにした。
「兄上はお疲れなのでしょう?南の部屋で昼寝をするのはいかが?そのうちのおやつ作り
も終わるでしょうし・・・・・・」
「だってさ・・・ちゃんがいないと昼寝したって疲れはとれないし?」
 どこまでもといたいらしい景時。

「景時さん。これね、包んだら終わるし。そうしたらしばらくいられますよ?後は夕餉の
支度と、夕方になったらお洗濯物を取り込んでたたむだけだし」
「ええっ?!そんなにあるの!!!」
 初めて景時の手がの袖を離した。
「・・・そんなにって・・・今日はお裁縫もしないし。白龍とも遊んでいないし。ほとんど景時
さんと一緒ですよ?」
 にすれば、いつもはいない景時が一緒にいてくれるだけで十分嬉しい。
 しかも、振り返ると微笑んでくれるのだ。
ちゃん、冷たいっ!オレの事、嫌い?」
 突然台所にてを抱きしめる景時。
 状況は先程より悪化してしまい、朔も項垂れるしかなかった。

「嫌いなわけないでしょ!景時さんのために栄養考えて作ってるんだし。二人で簀子でのんびり
おやつしたいし・・・・・・天気もいいし、きっと楽しいですよ?」
「そうじゃないよ。オレと一緒にいたくないの?」
 微妙にズレた内容を強引に修正する景時。しかも、少しばかり計算していたりする。

「いたいですよ?もちろん」
 いたいからこそのおやつ作りなのだ。
 の計画では、二人でのんびりおしゃべりをしながら寛ぎたい。
 ただし、それは景時が思う寛ぐとは違っている。
 が返事をすると同時にを抱き上げる景時。
「じゃ、一緒にいよ〜〜〜。オレ、ちゃんがいたら疲れもふっとぶ気がする〜」
 さっさと自分のしたい寛ぐを実行に移す景時。

「え?・・・・・・ええっ?!」
 事態が飲み込めないまま南の部屋へと連れて行かれる
 景時の願いはの膝枕と、共に過ごす時間。
 が居なくては意味が無い。
 少しばかり強引かとは思うが、せっかくの休日は楽しく過ごしたい。


(今日くらい・・・ずっと一緒でもいいよね?)
 景時が言わなくても、は先に座り膝を叩いて合図をしてくれる。

「ここ!はい、ごろんして下さい」
「うん」
 洗濯物が風に気持ち良さそうに揺れている庭を眺めながらの昼寝。
 眠っている景時の上で、チョビとモモが遊んでいる穏やかな時間が過ぎる景時の休日。



「景時さんの髪って、ぺた〜んの方がカッコ良くない?」
 チョビとモモに話しかけると、しばし景時を眺めて首を傾げられてしまう。
「ん〜、でも・・・上げてるのも好きかなぁ・・・・・・」
 景時の額を撫でる
 結局、景時であるならばなんでもいいらしい。
 チョビとモモは、やってられないと姿を消した。
 




 台所から景時とが消えた後、せっせと朔が後始末。
「・・・・・・今後は兄上がお休みの時は、に家事はさせませんから」
 固まっている状態の使用人たちに軽く頭を下げながら詫びる朔。
「おやつも完成させないとね」
 このまま放置しては餅が固くなってしまう。
 手早く丸めては残りのおやつの準備をする。

「本当に兄上は自分に正直になりすぎだわ・・・・・・」
 今頃は南の部屋の簀子で仲良く寛いでいるだろう二人を思い浮かべる。

(これからは、先にの仕事を取り上げないといけないわね!)
 生真面目な親友の性格を知っているからこその作戦。
 は好きでしているのだろうが、景時が家中に迷惑だ。
 には申し訳ないが、家事は一切させない方向しか解決策は残されいない。





 梶原邸は、主がいない時の方が静かなり───







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イラストに萌v記念(笑) いつもお世話になっているわたべ様に頂いたイラストから。お宝への近道はこちら→     (2006.05.01サイト掲載)




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