月明かりの誘惑





「よっ、来たね姫君。待ってたよ」
「どうして君がここにいるんでしょうねぇ?」
 たちが到着したので、弁慶が将臣が用意してくれていた部屋へ案内すると、先にヒノエが座っていた。
「どうしてって・・・姫君たちを迎えに行った中には俺の部下もいたんだし。ま、当然?」
 弁慶が首を振る。
「まったく・・・熊野別当殿は神出鬼没で困りますね。とりあえずは、白龍を譲君か敦盛君の所へ
連れて行っていただけますか?さんたちはこれから支度しないといけませんし」
「わかってるって!ただし、姫君たちの晴れ姿は一番に拝ませてもらうよ。琵琶なんて弾かされるの、
かなり久しぶりだしね。褒美は先にもらわないと」
 笑いながら、へひとつ、朔へもひとつ小箱を渡すヒノエ。

「じゃ、白龍はいい子でお菓子を食べような。女院様たちのところなら、珍しい菓子がそろってるぜ?」
「うん!ちゃんと小さいままならお菓子を食べてもいいんだよね」
 白龍と手を繋いだヒノエが、チラリと弁慶を振り返る。
「・・・いい教育してるね」
「これくらいは普通でしょう」
 白龍のお菓子好きを利用して、弁慶でさえ直接対面することは不可能な女院たちの情報を得ようとしているのだ。
「ま、俺には関係ないけどね。支度が終わった頃にまた来るよ」




「弁慶さん、これ・・・・・・」
 と朔がそれぞれ箱を開けると、髪飾りが現れた。
「おや、ヒノエらしい。さんの髪型にも丁度よいですね。そうそう、朔殿にも袿を用意してあるのですよ。
それによく似合いそうだ」
「・・・私にも・・・ですか?」
「もちろんです。あちらでご用意くださったらしいので、袖を通さないともったいないですよ?それでは、女房の皆さんに
お任せして、僕は将臣君たちに話があるので。ヒノエが悪さをしないように、支度が終わる頃にまた参ります」
 しっかり女房たちへ挨拶をすると、弁慶は部屋を後にした。


「さあ、皆様!神子様と朔様のお支度をいたしますわよ!!!」
 一番年長者らしい女房の威勢のよい掛け声で、と朔は身包みをはがれ始め、叫ぶ暇も無い程に姿勢を支持され、
瞬く間に着付けられていった。


 ようやく着付けが終わり、今度は髪と化粧となる。
 朔はヒノエからもらった簪を挿すと、尼僧なのでと化粧は断った。
「それで・・・の化粧は私がしたいのですが・・・・・・」
「はい。道具はこちらに取り揃えてございます」
 ずらりと並べられた化粧道具は、とても豪華なものだった。
「さ、朔ぅ・・・・・・」
 くたびれてしまったのだろうか、の声に元気が無い。
ったら。これからお化粧して、髪も整えるのに。ほら、しゃんとして座って」
 向かいに座るの膝を叩くと、が背筋を伸ばして座りなおした。
「軽く目を閉じて、動かないでね」
 は色が白いので、白粉をそう叩かなくても十分に綺麗だ。

(少し手を加えれば、とても綺麗になるわね)
 紅を差すだけでだけで大人びた顔になる
 これでは、景時の心配が増えるだけだと思うのだが、は綺麗になりたいらしい。
 を飾る事を楽しみながらも、景時への意地悪も考える朔。応援が少々脱線していた。
をこんなに不安にさせたんですからね。しっかりツケは払ってもらいますっ)
 最後に前髪を直して、を立たせて全身を眺める。

「綺麗よ、。舞台まではこれを被っていてね」
 へ薄絹を被せて支度は終わった。



さん、朔殿。入りますよ?」
 弁慶とヒノエが現れる。
「・・・綺麗ですよ、さん、朔殿」
「だよな〜。やっぱ姫君が一番イイ女だぜ?朔ちゃんは尼僧様だからなぁ・・・褒めると仏様に叱られそうだ」
 熊野組は女性についてよくご存知のようで、が欲しい言葉を真っ先に口にした。
「あ、あの。ヒノエくん、これありがと。・・・景時さんも褒めてくれるかなぁ?」
 これには弁慶とヒノエも顔を見合わせた。
 にとっては、すべてが景時にどう思われるかなのだ。
「そうですね。それでは、僕からひとつ策を授けましょうか」
 弁慶がの前に歩み寄ると、こそりと耳打ちする。

『舞台の高さはそう高くはありません。景時は近くで笛を奏でる予定ですから。
しっかり景時に受け止めてもらってはいかがですか?』

「えっ・・・・・・ええっ?!」
「おや、おや。さんらしくありませんね。舞台からならば目立つでしょうし、誰もが見ているのですから」
 真っ赤になって口をパクパクとさせている

「俺の胸も空いてるぜ?姫君」
 ヒノエが両手を広げてを待ち受ける。
 茶化されたことで、が普段の調子に戻った。
「やだよ。景時さんがいい〜〜〜〜」
 が朔の背に隠れた。

「ヒノエの失恋も確定しましたし。僕は席へ戻りますね。ヒノエは琵琶の準備でしょう?」
「はい、はい。悪うございました。姫君の晴れ姿を一番に拝めたし。じゃあな」
 今日ばかりはヒノエも直垂の正装だ。いつもの口調ではあるが、どこか堂々としている。
「ヒノエくん、よろしくね!」
 今日のために琵琶を奏でてくれる仲間を見送った。

「朔殿とさんには舞台の近くの部屋へ移っていただきます。将臣くんの合図があったら朔殿がさんを
舞台まで案内して下さい。警備はリズ先生と譲君にお願いしてありますから、朔殿はそのまま戻って部屋でさん
の舞を観てから・・・こちらの女房殿が女院様方の席へ案内してくれますので」
「わかりましたわ」
 朔がの手を取ると、も握り返す。

「それでは僕も席へ戻りますね。九郎が拗ねていると大変なので」

 弁慶を見送りながら、は気合を入れなおす。
 景時の妻であるためには、認めてもらわなければならない。
「朔。私、頑張るっ。今日はすっごい綺麗な気がしてきた!」
 久しぶりに見るの強い瞳の力に惹きこまれる。
「大丈夫よ。はい、扇を忘れないでね」
「うんっ。ど〜しよ。手に汗かいてきちゃった」



 正装と化粧をした姿のはとても綺麗だ。『可愛い』とは言えない雰囲気。
 それなのに、どこか子供のような箇所が残っている危うさがある。

 景時がどう出るかで今後が決まりそうな予感───






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ヒノエくんは、王者の風格ありますよね。船乗りは、船の主ですから。しかも、自分の責任がダイレクトに返ってくる環境故かな〜と。
  たらし設定は、港、港にってやつかな〜と(笑) そして白龍。純さにかけては、彼の右に出る者(←いや、神?)なしって事で。
  あの岬でのケガ舐めスチルには、激ビックリでしたよ。(←純じゃないから驚く氷輪/笑)何をどう想像したかは秘密です。     (2005.9.16サイト掲載)




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