月明かりの誘惑





「兄上から書状が?」
 今まで読んでいた書状を脇へ除けて、文遣いに手渡された文箱を開ける九郎。
「東国で何かあったのだろうか・・・・・・」
 焦っているのは九郎だけで、弁慶の表情は実に穏やかなものだ。

(僕の間者からの報告だと、何も起きてませんしね───)
 考えられることは、近々開催される“観月の宴”の出欠のみ。
 文遣いを帰すと、文を読む九郎を見守る弁慶。

「・・・・・・俺が出るのか・・・・・・・・・・・・」
 文を手に持ったまま、九郎は机に突っ伏した。
「どうしたんです?」
 さり気なく九郎の前に移動すると、声をかける。
 九郎が漏らした一言で推理の正しさを確信しているが、こちらから言うつもりはない弁慶。
「兄上が・・・・・・観月の宴には出られないので、俺に頼むと仰せだ」
 身体を起こした九郎は、丁寧に頼朝からの文を畳む。
「そうですか。それなら出席しなければなりませんね」

 昨年は戦乱で宴どころではなかった。
 一昨年は、後白河法皇の宴に出席した九郎。頼朝の弟と認められての初仕事だ。
 張り切って出席したものの、田舎侍と謗りを受け、作法も知らなければ歌も詠めず散々の
思い出しかない。
「歌は・・・詠めん・・・・・・」
 今では、多少作法も慣れたし、何よりその名が知れている。
 冷遇されはしないが、芸事が出来ない事に引け目を感じていた。
「おや、おや。歌は詠んでいたでしょうに・・・・・・」
 御題の後に弁慶が用意した歌を、女房に託したものだったとしてもだ。

「あれは・・・その・・・俺があまりに可哀想に見えたんだろう。後ろにいた女房殿がそっと歌を
手渡してくれたんだ。俺が詠めた訳じゃない・・・・・・」
「九郎も隅に置けませんね。その女房殿は、九郎に恋心を抱いていたのかもしれませんよ?」
「なっ、ばっ、馬鹿を言うな!それより、あれがあるとなると・・・・・・」
 弁慶が渡した事がバレていなければそれでいい。
 確認が済んだので、仕事に取り掛かろうとすると、
「今年は・・・お前は当てにはならんからな。景時にも頼もう」
 景時を呼びつけるべく、人を呼ぶ九郎。
「景時を・・・ですか?」
「ああ。お前がまた席を外した時の為にな。景時は歌にも精通している。これで安心だな!」
 一人ホクホク顔の九郎。

 前回の宴には、景時は鎌倉にいたので欠席。
 今年、景時が出席となると───

(少々困った事になりましたね。何とかしなくては───)
 景時の出欠に関していえば、弁慶の出欠は関係ない。
 駆け引きできる手持ちの札が無いのだ。



 しばし、様子を窺うことにした弁慶。何事も、見極めが大切───






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弁慶さんって、大局を見ているようで実は人情派ではないかと。平氏が勝つと世が平和にならないから源氏につくといいながらも。
  弁慶さんは九郎がいいんですよ。だから、頼朝さんにではなく九郎についてるのだと思ってます。
  九郎は、純な所が可愛いですね〜。後白河院との遣り取りとか、いっぱいいっぱい加減がなんともキュートです。     (2005.9.15サイト掲載)




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