ハロウィーン 2010 (景時編) 今年はもう決めてある。 ハロウィーンを楽しく過ごそうねって、二人で考えた。 まあ・・・悪戯は魅力的なんだけど、それはソレ。 と、いうわけで。 仕事の終業を告げるベルの音が、とても、とても待ち遠しかった。 「お待たせ!ごめんね〜〜〜」 が待ち人の声に振り返ろうとすると、そうさせてもらえなかった。 「・・・景時さん」 「ん〜?ここ、外からよく見えるんだよ。だから、向こうの横断歩道からまっしぐら!」 が座っている席は、大きなガラスの窓から外へ向けてカウンターがある場所。 椅子はやや高めになっており、の背後から景時が抱きつくのに程よい高さ。 よくあるチェーン店のカフェで、景時の会社の近くにある待ち合わせ場所のひとつだ。 「ふう。・・・お仕事の後に、そんなに必死に走らなくてもいいのにぃ」 読んでいた文庫本を閉じると、バッグからハンカチを取り出し、景時の額へ軽く数度あててやる。 「だってさ〜、ハロウィーンだしさ〜、久しぶりに外で食事だし。・・・金曜日だし」 夕食を予定しているレストランは予約済みで慌てる必要もないのだが、景時は慌てている。 ついとが時計で時間を確認した。 「まだ時間ありますよ?景時さん、何か飲みますか?それとも・・・・・・」 景時の職場の近くという事は、景時の同僚に会う可能性も高い。 なんとなくだが、景時はが景時の同僚に会うのを嫌がっている。 それなのに、このカフェを指定したのは景時の方。 も早く会いたかったが周囲が気になる。 (ここじゃ・・・会っちゃうかもだし) 首を傾げて景時の返事を待っていると、景時の腕が緩められる。 「確かに微妙な時間だね〜。ふらふら〜っと、街中歩くとか?」 景時が空いていたの隣の席に座ろうとすると遮る影があり、他の人に座られてしまった。 「よっ!ついに発見〜〜〜。景時の愛しの“ちゃん”かな?初めまして〜。田中君で〜す」 景時の肩を軽く叩き、次いでと握手を交わす。 まんまとの左側の席を陣取ったのは、景時と同じ職場、同じチームに所属している田中。 「間違いない。愛しの“ちゃん”だろ?コイツからべったり抱きついてたし。それになぁ。 あの犬並みの全力疾走、間違いようがない。・・・追いつかねぇ」 続いての右側の席もとられてしまう。 「こんばんは〜。景時と同じチームの橋本です!でね、いつかの悪巧みの首謀者はあっち。 あ、俺とも握手、握手〜」 ちゃっかりこちらもと握手を交わした。 「なっ・・・何?!どうしてここが・・・・・・」 景時は状況が飲み込めていないのか、今度はの腰に腕を回して背後から抱きついている。 「こんばんは。です。いつも景時さんがお世話になってます。あの時のメール、 田中さんだったんですか?私、景時さんからって信じちゃいました。スノボ、初チャレンジで、 とっても楽しかったです。去年のクリスマスにとっても、とっても楽しかったのって、皆さんの お陰なんですよね。今頃なんですけど・・・・ありがとうございました」 ぺこりとが頭を下げる。 昨年のクリスマス、悩んでいた景時の後押しをしたのは、こちらの世界での職場の同僚であり、 友人である田中たちだ。 「ほんと?コイツさ〜、喜んでもらえたとしか報告しないし。しかも、ちゃんの話はするのに、 写真は見せないし。どういう事って感じ。なので、今からミッション実行!まずは一枚」 田中は携帯で首を傾げているを撮る。 「あっ!な、何てことを!!!」 景時の制止は間に合わず、それどころか橋本に頭を抑えられ、と並んでさらに一枚撮影された。 「ご協力、ありがとうございました。記念といっては何ですが、こちらのカフェのプリペイドを 贈呈させていただきます。さ・ら・に!」 まずはプリペイドカードを一枚、田中から手渡される。 「はいよ、橋本君。先に、先に」 「はい、はい。これが俺ね」 の手のひらに橋本の名刺が加わる。 「今度は俺。田中です。この顔、覚えてね〜。で、ミッションの主はこの人だから。景時の上司」 一枚の名刺は田中、もう一枚は別の人物で肩書き付の名刺。 「ありがとうございます!」 「ん〜、可愛いっ。何かあったらいつでも言ってね〜。景時の帰りが遅い時とか、心配ならココに 電話してくれれば、洗いざらい報告するから。・・・俺たちが」 しっかり名刺の裏には個人の携帯番号が書かれていた。 「あはは!そうさせてもらいますね」 「ちゃん!ないから、君に嘘なんて吐かないから!!!」 浮気の嫌疑がかけられそうになり、必死にに取りすがる。 「大丈夫ですよ。信じてますから。そうじゃなくて、連絡がつかない時とかって意味ですよね?」 はまったく疑っていなかったようで、むしろ、緊急時の連絡先として認識していたようだ。 「うん。ありが・・・・・・待てよ。どうして部長の名刺がここに?何の任務?」 の手を取ったと同時に、名刺の文字が目に入る。 「・・・バカだな〜。お前があまりにも隠すから、部長が“ちゃん”を見たいんだってさ。 いつになったら仲人をお願いされるのかって待ってるのに、ちっとも話がないって。今日は朝から 景時がそわそわしてたしな〜。イベント邪魔しちゃ悪いけど、今日なら確実だろうというわけで、 俺たちが尾行および任務を申し渡されました〜とさ」 メジャーなイベントを避け、景時の動向を張り込んでいた。 幸いにもハロウィーンは日本ではまだまだ知名度も低く、今年は日曜日。 ならば金曜日に動きがあるだろうと推理するのは、同じ会社勤めならば容易なこと。 「え・・・・・・」 景時が目を瞬かせていると、 「来年の予定なんです。あの・・・両親も私が成人したらって・・・・・・」 が真っ赤になりながら田中の質問らしきに答えた。 「・・・マジ?それ、報告OK?もしかしなくても、特ダネか?これって」 念の為と景時に伺いを立てる。 「う、うん。来週・・・オレから言うよ。まだ細かい事はまったく決まってないんだけど、ちゃんの ご両親にお許しいただけてるから、結婚するのだけは間違いなく決まってるし。さっきの、撮りなおして もらってもいいかな?あの・・・二人の方」 景時が田中の携帯電話を指差すと、 「ああ。しっかり並んで惚気てOK!ついでに転送しておいてやる」 景時とが並んだところできれいに撮り直された。 「まさかの特ダネだもんな〜。あ、そうそう。俺たち、景時と違って、可哀想なクリスマスになりそう なんで。お友達の紹介ヨロシク!」 「そんな風に見えないですよ。でも、私もよく友達に頼まれるので、その時はよろしくお願いしますね」 椅子からするりと降りると、何やら景時に耳打ちする。 それに対し、景時もに耳打ちして返す。 が座っていた席に景時が座り、は店の奥へと消えた。 「紹介したがらないわけだ。可愛いっていうか、美人さんだねぇ?」 携帯の転送が届いた橋本が、画像を眺めている。 「だな。これじゃ心配で迂闊に写真も見せられないよな〜。しかも、しっかりさんだし」 会話の距離のとり方が上手いのだ。 通常は携帯の番号交換くらいはするだろうに、そんな話題にならない。 「・・・だよね。こんなに焼きもち焼いてもとは思うんだ。でも、彼女もそれを知っていて、オレがそんな風に 思わないように考えてくれてて・・・さ」 カウンターに肘をついて溜息を吐く。 「明日には画像が出回るけどな。逆にいいんじゃないか?」 「良くないよ。みんな気が利いて、仕事が出来て、いかにもモテる感じがするでしょうが。オレ、彼女の姿を 知られるどうこうより、ちゃんにオレなんて何にも出来ない人っていうのを知られたくなかった・・・かな」 どうして営業職ではないのか知りたいほどの世話好きで気配り上手ばかり。 陽気で気のいい仲間たちに対する、嫉妬めいた負の感情。 「俺としては、どうしてそんなに自信がないのかを伺いたいね?景時クン。ま!まずは形からでもいいんじゃ ないでしょうか?」 田中か指差したのは、景時の指。 「彼女より、お前の安心のためにプレゼントしとけ。何ぐらついてんだか。ホラ」 景時の背を橋本が叩く。 振り返ると、がペーパーバッグを手に立っていた。 「景時・・・さん?」 「あ、ああ。ごめんね〜。それにしたの?」 に差し出されたペーパーバッグの中を見ると、いかにも今日にピッタリだ。 「な〜るほど。これは可愛い。と、いうわけで。オレの任務も頼まれてねっと!」 そのまま田中へ手渡す。 「何?これ」 まさに今いるカフェのペーパーバッグ。 コーヒーを持ち帰る予定もなく、田中も袋の中を覗き込む。 「・・・そりゃどうも。参ったな〜。こっち部長?」 「そ。オレたち、そろそろ時間なんで。悪いね。それと・・・ありがとう。何か吹っ切れた」 椅子から立ち上がり、と手を繋ぐ。 「じゃ、お先」 「失礼します」 そのまま景時とを見送る事になった。 「で?」 「ん!」 ハロウィーン仕様の可愛いボックスに入ったチョコレート。 小分けにラッピングされており、その数、全部で四個だが、ひとつの包みだけ二個入り。 小さなペーパーバッグは合計で三つである。 「あ、部長の家はお子さん二人か」 「俺たちもこの後予定があるだろうと。いかにも景時だな〜。・・・もともとはちゃんか」 先にひとつを橋本が掠め取る。 「予定してなかったけど、今から彼女に連絡してみるかな」 「そ〜しなさい。その前に、部長に報告」 笑いながら椅子から立ち上がると、軽やかな足取りでこちらは会社へ向かった。 「ね、どうしてお菓子?」 「ハロウィーンだから。えっと、もしも定番のあれを言われた時に、さっと渡されたら嬉しいかなって」 お菓子か悪戯か。 問いかけに対する答えで相応しいものは、各々違うだろう。 「お菓子がある方が嬉しい?」 景時としては、相手が菓子を持っていなくて悪戯出来る権利が得られるのは楽しそうに思う。 逆に景時が手ぶらでからの悪戯を受けるのも悪くない。 さすがにそこそこの年齢の男女、いわゆる恋人同士の間で、小学生の様な悪戯の類はないだろう。 「嬉しいっていうか・・・えっと・・・・・・用意してくれた気持ち」 くすくすと笑いながら、本日のメインのプレートが目の前に出され、感嘆の声を上げる。 「これです。こんな感じで・・・特別っポイのが嬉しいんです。ね?」 食べられないが、ハロウィーンにちなんだお化けや魔女の小さなガラス製の飾りたちが、プレートの端に 並べられている。 「そっか。無いのも悪くないなって思っていたけど。確かにある方が嬉しいかな」 予約をしていたからだろうか、テーブルの上で揺れるオレンジ色の明かりが、ハロウィーンらしさを 演出している。 異世界では馴染んでいた光源。 今では懐かしさより特別な気持ちになるそれは、時間を忘れる効果もある。 普段では考えられないくらいゆったりと夕食の時を過ごした。 「今日は別々じゃないね」 早い時間の時は駅で別れる事もある。 今日は景時の家まで二人で帰る事が出来る。 “帰る”という言葉が普通になるのは、遠い話ではなく─── 「今日も!ですよ。もう、なんだかんだで金曜日は決まってます」 「あ、そうか〜。決まってたか〜〜〜」 軽い返事で誤魔化したが、が気遣ってくれているのは知っている。 ひとり暮らしの景時を心配して、必死に料理を覚えて作ってくれたり、本人は隠しているつもりだろうが、 景時にしてみればまるわかりだ。 「お嫁に来てくれるのも決まったことだし。楽しいこといっぱいだ」 「景時さんがこっちの世界にきてくれたのは嬉しかったんですけど。まさかこんな事になるなんて想像 もしてなくって。将臣くんに馬鹿笑いされた時はすっごく悔しかった」 少し考えればわかりそうなもの。 所詮、親の脛かじりの学生生活に戻るのだと、何故気づかなかったのか。 「あ〜〜〜、向こうで過ごした分、得したって思えばいいんじゃないってやつ?」 「若返るっていうのは、意味が違うのにぃ」 「あははははっ。“何でまだ女子高生なの!?”って叫んで、大笑いされてたっけね」 異世界へ飛ばされた場所にまんまと戻り、毎度おなじみの風景と制服。 違和感といえば、傍にいる景時。 普通の服で立っていた。 「自分では二十歳のつもりだったんだもの。まだ二年生だったってオチ、ひどくないですか?」 「いいんじゃない?オレとしては、君が長いお休みの時はいつも一緒で嬉しかったし」 「・・・そうですけど。二十歳まで結婚おあずけなんて」 の両親にしてみれば、景時を紹介された時から反対する理由は無い。 だからこそ、娘の足りなさが目立ってしまう。 世間知らずの娘が景時に飽きられるのではという危惧から、結婚に条件をつけただけ。 「まぁ・・・こちらの世界では早すぎなんだってわかったし、反対されてるというのも違うし」 「私が何にも出来ないって頭から決めつけて。ぜーったいに負けないんだから!」 両親の高笑いを思い出すと、ついつい拳に力が入る。 「まあ、まあ。まずはコーヒーでもいかが〜ってね。ただいま〜〜〜」 誰も向こうにいないはずの玄関で、儀式のようについしてしまう挨拶。 対して、は次なる行動を起こす。 「“Trick or Treat!”」 「うわぁ!といいたいところだけど、あるよ」 ポケットから、さらりと包みを手渡される。 「なぁ〜んだ。なかったら何かしちゃおうかなって思ったのに」 可愛らしい小さな包み。重さがないので、チョコレートかキャンディだろうと、キッチンへ 向かう景時を見送りつつ、リビングのソファーへ音を立てて座りながらリボンをほどく。 「いいよ、悪戯でもなんでも。ただし。それはリボンを解いた時点で返品できないから」 「え〜っ?もしかして、すっごく辛いとかすっぱいとか、そういうお菓子ですか?」 お菓子自体が悪戯の仕掛けだったのかと、中身が何かわからないという緊張感が心地よい。 ところが、すべて包みを開いたところで食べられないモノだとわかったしまった。 「景時さん、これって・・・・・・」 「うん。色々考えたんだけどね?普段用っていうの?ほら、もったいないからって、婚約指輪は飾って あるけどさ」 景時の部屋に二つ並んで飾られることになった婚約指輪。 奮発したのが裏目に出て、は数日間は嵌めてくれたが、それきりだ。 「ごめんなさい。だって、本物の宝石ってしたことないし、手を洗うのも怖くって」 「そっちのなら大丈夫。オレの安心のためと思って我慢して」 コーヒーの用意を終えた景時がの隣に座り、の手から指輪を摘まみあげた。 「まさか今日、あいつらに見つかるとは想像もしてなくて、心臓壊れるかと思ったよ。君が少しだけ いなかった時に正直にあいつ等に言ったんだ。君をみんなに紹介したくなかったのは、みんなが格好いいから。 オレなんて何にも出来ないって知られたくないっていったら、お前の安心のためにつけてもらえって。 まさにこれから頼もうとしていた事を指摘されて、逆に自信がついたっていう、変な話なんだけど」 さりげなくの指に指輪を嵌める。 「どうしよう。これももったいないかも」 「いいの、いいの。もっと気軽な気持ちで。君にはつき合っている男がいるって周囲に知らせたい、オレの 身勝手な安心のためなんだから。だから・・・嫌がらないでくれると嬉しいな」 ここで格好つけずにいつするんだと、気合でを抱き寄せた。 「オレが“Trick or Treat!”って言うとどうなるんだろうね?」 「うふふ。どうにもなりませんよ。私、用意してるもの」 景時のようにポケットからとはならなかったが、バッグの中から片手サイズの包みを取り出す。 それは、景時の大好きなものだと一目でわかる包装。 「新しい豆なんだって。ちょうど試飲出来たから、これにしちゃいました」 「あはは!やられたな〜。そうか〜、今日は君を見つけるのに集中していて、店先で何も見なかったな」 いつもなら新しいものを見つけると試すのに、飲み物を注文することすらしなかった。 「週末はかぼちゃプリンを作ろうって決めてたじゃないですか。だから!」 「新しいコーヒーとかぼちゃプリンか〜」 「その前に、手を繋いでお買い物ですからね?」 さり気なく指輪をしている手を見せられる。 「いいね。自慢して歩きまわろう。もちろん、かぼちゃも忘れずに」 「かぼちゃがなくっちゃ、お買い物に行く理由がないでしょ」 「そりゃ、そうだ。買わないのに買い物もないよな〜〜〜」 リビングには二人の笑い声とコーヒーの香り。 ハロウィーンにかこつけずとも、いつも通りのあたたかな週末。 けれど、来週には仲間たちに堂々と惚気られる勇気をもらえたのは、イベントのおかげ。 Happy Halloween ♪ |
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ぽよぽよ〜っと、景時くんの前髪が風になびくのを、隣で悪戯する望美ちゃんな風景を想像して出来た作品です。 (2010.10.30サイト掲載)