映画を観よう! (弁慶編) 「おはよ・・・・・・弁慶さん?」 今日は土曜日だ。は弁慶と映画を観る約束をしていた。 しかし、八時半にを迎えに来るはずの人物からは遅れますとのメールが七時半にあった。 『次の回に間に合うように迎えに行きますね』 優しい嘘吐きの彼らしいメール。気遣いは嬉しいが、本当は疲れているだろう。 合鍵を使って弁慶のマンションの部屋へ入る。 珍しくチェーンはかかっていなかった。 「・・・・・・わ、ラッキー?」 いつもは金曜日に泊まるのだが、昨日に限って言えば仕事が長引くと言われた。 大学病院の医局と研究室の両方で勤務する弁慶は、時々遅くなる事がある。 静かに靴を脱いで並べると、隣にきちんと並んでいる弁慶の靴が目に入る。 「変なトコちゃんとしてるんだよね・・・・・・」 書斎の本は出しっぱなしの積みっぱなしである。 地震があれば間違いなく崩れ落ちるであろう。 はそのまま部屋へ上がるとリビングを目指す。 「・・・すいません。朝になるかもしれないので。ひとりでここにいても退屈でしょう?」 弁慶に先週ソファーで言われた時の事を思い出す。 「退屈・・・といえば退屈ですけど。そうですね・・・・・・土曜日の朝、迎えに来て下さいね!」 素直に自分の家で待つことにした。弁慶が言うからには、疲れた顔を見られたくないのだと思う。 微笑みながらを抱き締める弁慶。 「心配しないで下さい。貴女は・・・僕を待っていて起きているでしょう?だから・・・ですからね」 「そ・・・そんな!別に何も疑って・・・ません・・・・・・」 の顔を覗き込む弁慶。 「おや、そうでしたか?僕にはそう見えましたよ。何かを心配している顔でしたよ?」 まんまと弁慶に考えを見抜かれ、赤くなる。そのまましばらく二人でじゃれ合った。 静かにリビングへ行くと、食事をした形跡は何もなかった。 「ご飯も食べてないのかな?え〜っと・・・・・・」 続いてキッチンへ向かう。 使われた形跡はまったくない。 「・・・朝ご飯、食べていないみたい・・・・・・」 シンクが乾いているのだ。 「次の回じゃなくて、無理って言ってくれればいいのにぃ・・・・・・」 恐らく、昨日は相当遅かったと思われる。 約束が無ければ、帰る時間も、起きる時間も気にせずにいられたはずだ。 ただ、弁慶はいつも先にの話を聞くのだ。 だから、後から弁慶の用事や都合を言われても、から予定は取り消させてもらえない。 がしたいと思う事は、必ずそうするつもりらしい。 「大丈夫ですよ。僕の時間はさんの為にあるんですから」 いつだって無理と思われる事も、殆どが可能になってしまう。今回もそうだ。 朝一番の映画は無理だったが、その後は予定通りにデートするつもりなのだろう。 自宅で作ってきたお弁当をテーブルに置くと足音を忍ばせて寝室へ向かう。 音を立てないようドアノブを回してドアを押す。 「・・・・・・寝てる」 寝室のベッドの傍まで近づくと、いつもがいるスペースを空けて横向きに寝ている弁慶。 顔に触れようとすると、その手を掴まれた。 「うひゃっ?!」 驚いたが手を引くより早く、弁慶に引っ張られベッドの上に正座する格好になる。 「ふふっ。いけない人ですね?そんなに僕に会いたかったですか?」 目を見開いたままのへ口づける弁慶。 「やっ・・・その・・・無理して・・・ないかなって・・・その・・・朝ご飯、作ってきたんです」 「そう・・・ですか。それは嬉しいですね。丁度起きようと思っていましたし」 時計へ手を伸ばす弁慶。目覚まし時計は鳴る前に止められた。 「あっ・・・その・・・急かしたくて来たんじゃなくて・・・その・・・心配で」 「わかってますよ。大丈夫です・・・・・・少し待たせてしまいましたけど。今日は泊まりですよね?」 先に言われて違うとは言い辛いが、泊まる予定はしていない。 「その・・・・・・何も持ってきて無いし・・・・・・・・・・・・」 それなりに必要なものは弁慶のマンションに揃っている。 しっかり用の小さなタンスがあるくらいに。 けれど、今日はそのつもりではなかったので言い訳に使う。 「ふふふっ。それじゃ、映画の帰りに買い物もしましょうね」 書籍以外には給料の使い道がないらしい弁慶。 いつもの事だが、この場合はの服を買うという意味だ。 「やっ・・・ダメ!無駄遣いしちゃダメです」 ここはしっかり言わないとと、頑張る。 「・・・・・・何かがあれば泊まってくれるのでしょう?」 弁慶に微笑みかけられてしまった。 「服ならここにも置いてあるもん・・・・・・だから・・・・・・」 「それでは問題は何もありませんね。そろそろ起きないと」 を引き寄せると、頬にキスをする。 「ね?映画・・・遅れてしまいますからね」 先にベッドから降りると、タンスを開けて服を選ぶ弁慶。 弁慶の後姿をベッドの上で眺める。 「えっと・・・・・・今日は映画止めませんか?」 の言葉に、着替えを終えた弁慶がゆっくりと振り返る。 「僕が遅れてしまったから・・・でしょうか?それならばいくらでも謝ります」 「そうじゃないです。そうじゃなくて・・・弁慶さんは、いつもずるいから・・・・・・私に合わせないで」 の隣に弁慶が座った。 「それは・・・迷惑・・・という意味ですか?」 「何でも私に合わせてもらってて・・・弁慶さんだって、自分の事とか、したい事あるでしょう?」 首を振りながら弁慶がを見つめ、その手を握る。 「さんは、勘違いをしているようですね。そうですね・・・まず僕が貴女に合わせているという ところからかな」 「・・・違うんですか?」 手を引こうにも、しっかり掴まれていて動きがとれない。 「僕が貴女と過ごしたいからそうしてるんです。だとすれば、僕のしたい事になると思いませんか?」 「そんなの・・・屁理屈です」 ようやく弁慶の手から逃れられたと思えば、今度はしっかり抱き締められた。 「・・・話は最後まで聞くものですよ?ずるいというならば・・・そうですね。貴女に泊まって欲しくて、 贈り物をしたり、無理を言っているのはわかっていますけれど。それも僕のしたい事です」 「だって!じゃあ自分の事は?」 弁慶のしたい事はわかった。では、弁慶の時間はどうなのだろうと思う。 「してますよ、仕事。仕事もきちんとする分だけはしてますし。もっと働けと?」 弁慶がの瞳を覗き込む。 「逆ですっ!働きすぎだから、ゆっくりして欲しいなって。いつ休むんですか?お休みは私に付き合って なくなっちゃうし。病気になっちゃいます!」 手を突っ張ろうにも、動けない。諦めて弁慶を睨み返す。 (今日は負けないんだから!) 弁慶が大きな溜め息を吐いた。 「・・・・・・わかりました。それでは、今日は僕が休んでしたい事をしていいと・・・そうですね?」 ようやく休む気になってくれたのかと、に笑顔が戻る。 「はい!のんびりして、読書でも、お片づけでも、ご飯でも。そうしましょう!」 「さんにも了承いただけた事ですし・・・・・・」 弁慶の腕が緩められる。 「まずは何をしますか?お掃除とか?その前に朝ご飯食べて下さいね。お弁当持ってきたし」 が指折り思いつく事を数えるが、まずは食事だと立ち上がろうとすると、弁慶に肩を押される。 「・・・・・・えっと?」 「何でしょう?」 しっかりのカラダはベッドに沈んでいた。 「朝ご飯・・・一番最初かなって・・・・・・」 「僕のしたい順番でいいですよね?」 「・・・・・・え゛?」 弁慶との会話は、常に誘導されている。 が考えるほど、弁慶は何も我慢などしていなかったという事実がわかった土曜日。 映画の予定は、初のキャンセルとなった。 |
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弁慶さんは、上手に望美ちゃんをテリトリーへ引き入れそうv 素直に予定通りにしてもらった方がよかったかも(笑) (2005.10.19サイト掲載)