goblin     (銀編)





 神子様にお喜びいただく努力は惜しまない。
 行事はとくに都合がよいのがわかったので、念入りに調べております───





「・・・ハロウィーン限定スイーツ・・・・・・」
 今日も懲りずに情報誌からネタ集めをしている重衡。
 だけが彼を銀と呼んでいる。
「一日限定50個・・・なかなかに厳しい競争になりそうですね」
 ニヤリと彼の口の端が上がる。
 見た目の涼やかな顔とは裏腹に、以外の人間については興味が無い重衡。
 誰にでも愛想がいいが、面倒に巻き込まれないためだけにである。
「こちらのセットも・・・ふぅ・・・あまり買いすぎると叱られてしまう」
 には何でもしてやりたいのだが、食べ物に関しては気をつけないと、
年頃の女性にありがちな問題が生じる。
「もう少しふくよかでも構いませんが・・・・・・」
 とはいえ、のスラリとした脚は大好きだ。
 は食べ過ぎるとダイエットと言って、部屋に引き篭もってしまう。
 すべてを買い揃えるのを諦め、二つに絞った。





 それから数日が過ぎ、ハロウィーンの当日。
 常と変わらぬ出勤の重衡と登校の
「今日は帰り早いの?」
 毎日早いのだから、今更な質問ではあるが確認したい
「はい。もっと早い時間をお望みでしたら・・・・・・」
「いっ、いいの!そういうんじゃなくて、何となく・・・聞いてみたかったの」

 学校の方が会社よりも早く終わる。
 一緒に暮らすようになってから、が買い物を済ませておき、重衡の帰宅後に
共にキッチンに立つのが定番になりつつある。
 の料理の下手さ加減は半端じゃない。
 そんなに文句のひとつも言わない重衡。

(今日くらい・・・一人で作って待っていたいな・・・・・・)
 何を突然考えたのか、は一人で夕食の支度をして重衡を待ちたかったのだ。

「そうですね・・・本日の夕餉は、久しぶりに外にしましょうか?」
 が外出したいのかと、先回りをする。
「違うの!あの・・・デートは週末にしよ?今週ね、文化祭なの。だから、学校に
来て欲しいな〜って」
 忘れていたが、文化祭があったのだ。
 はクラブに所属していないため、クラスの出し物だけで居残りするほどではない。
「左様でしたか・・・ぜひ伺わせて頂きますね。それでは」
 の方が先に電車を降りなければならない。繋いでいた手が離される。
 はホームから手を振って銀を見送ると、学校へ向かって駆け出した。



「毎朝・・・この時間が一番が苦しい・・・・・・」
 そう混んではいない車内で、何もそんなにドアにへばり付かずともという姿勢の重衡。
 少しでも長くの姿を見ていたいのはわかるが、車内の視線を気にするべきだ。
「さて・・・本日は神子様を驚かせなくては」
 夕食の支度をして待ち受けようと考えていた、当初の予定通りだ。
 久しぶりに外で食事をしたいのかと気を揉んだが、どうも違うらしい。
 仕事はどうでも、本日の限定品をいかにして買うかだけに知恵を絞っていた。





「ふふっ・・・間に合ってよかった」
 本日限定のパンプキンシュークリームを購入できてほくほく顔の重衡。
 続いて、の大好きなチョコレートのセットを買い求めてから帰宅した。
 さらに夕食の支度をしていると、玄関で音がする。


「あれ・・・銀・・・・・・どうしたの?こんなに早く」
 の予定外なことに、銀が家にいたのだ。
 思わず自分の腕時計を見たが、まだ五時過ぎである。が遅いわけではない。
「はい。少し思いついたことがございまして・・・・・・」
「そうなんだ。・・・銀」
 立っている重衡に手招きする
「はい、何でしょう、神子様」
 顔をへ近づけると、
「Trick or Treat!」
 軽く頬へと口づけられた。

「あの・・・はい。用意してございますよ、神子様のお好きなチョコレート。今は、
特別な包みらしくて・・・・・・」
 ジャックランタンのオレンジのボックスに入ったそれを差し出した。
「あ・・・知ってたんだ・・・・・・な〜んだ。残念」
 肩を竦めながらも、笑顔で受け取る
「ええ、もちろんです・・・・・・」
 ふと思いついて、重衡もに同じセリフを言ってみる。

「・・・Trick or Treat・・・合っていますか?」
「えっ・・・あはは!うん。合ってる。はい!!!」
 に買い物袋を手渡された。
「これは・・・・・・」
 買い物袋の一番上に、かぼちゃのプリンが二つ入っている。

「スーパーでお買い物してて気づいたから・・・その・・・プリン買っちゃった!」
 キッチンへ向かいながら、が重衡の顔を見上げて微笑む。

「だから、今日は・・・・・・ああっ!!!」
 キッチンより遠いテーブルが先に目に入ってしまったらしい。
 後は食事のお皿を並べるばかりにセッティングされている。
 が重衡を振り返る。
「これ・・・どういう事〜?ひとりで作っちゃったの〜〜〜?」
 怒るというよりは、残念がる声色でに問い詰められる重衡。

「・・・申し訳ございません。本日はハロウィーンと学んだものですから」
 コース料理のように準備していたのだ。
 デザートがかぼちゃならば他はいいだろうと、の好きなイタリアンのコース風だ。

「美味しそうだけど・・・私も用意したかったな。銀のために・・・・・・」
「神子様」
 を抱きしめる重衡。

(私のためにとは・・・・・・ん?)
 感動も束の間、重衡は重要な事を思い出した。

「神子様・・・もしも私が菓子を用意してなかったら・・・・・・」
「ん〜〜っと・・・イタズラしたかも?」
 小首をかしげるの仕種に動揺しかかったが、質問はもうひとつあるのだ。
「神子様・・・・・・今日、もしも外食でしたら・・・・・・」
「え〜っと・・・お買い物しないで、もっと早く帰ってきた・・・かな?」
 銀の顔色が、一気に蒼くなった。

「銀?!どうしたの?気分悪い?えっと・・・どうしよう?」
 真っ青になって立ち尽くす重衡の身体をシャツを掴んで揺さぶる

「神子様・・・私・・・神子様にイタズラをしてみたかったです・・・・・・」
「は?・・・・・・もぉ〜〜〜!そんな事で蒼くならないで下さいっ!いいですよ?」

 今度は見る見る表情が明るくなる。
 輝くばかりとは上手い表現があるものだと、も思ったほどに。

「神子様・・・そのぅ・・・神子様は誰かにイタズラしたことは・・・・・・」
「うん、ある。小さい頃にね、将臣くんに・・・・・・」
 がつらつらと思い出話を始める。

 幼い時の将臣の背中にネコジャラシを入れたことや、譲にスカートをはかせたこと。
 寝ているヒノエの腕輪と柱を結んだこと、敦盛の髪を縦ロールにしたことなど、
案外小さなイタズラをたくさんしていた。

「そう・・・ですか・・・・・・」
「うん!可愛いイタズラでしょ〜?」
 重衡に抱きついているには見えていない。重衡の口元の歪みぶりが。

(私より先に神子様にイタズラをしていただいたとは・・・・・・)

 還内府である将臣は除外。
 男として認めているが、が幼馴染としかみていないので安全圏だ。
 本人も自覚しており、また、こちらの世界で重衡の世話をしてくれている味方だからだ。
 譲も同じく除外である。内容も半ば幼少時の恥部ですらある。
 残るライバルは───

(敦盛・・・許しませんよ、私より先にとは。熊野の別当殿も・・・・・・)


「銀?」
 黙ってしまった銀の様子に気づいたが見上げると、銀に抱えあげられる。
「神子様・・・今宵は私がイタズラしてもいいのですね?」
「うん。いいですよ」
 まずはにイタズラする許可を取り付けたのだ。
 他の者への仕置きは後でいい。



 迂闊にもにしてもらうイタズラは先を越されてしまっていた重衡。


(神子様へのイタズラは・・・私が一番最初でしょうから・・・・・・)
 の一番を網羅すべく探し続けるだろう重衡。
 彼にとってはどんな些細な事でもの一番がいいのだ。





 ハッピーハロウィン?






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銀くんは、“用意周到”という言葉が似合う。ちょっと子供っポイといいなぁvそれでいて狡猾(笑)     (2006.10.30サイト掲載)




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