snowflake (銀編) 「神子様。お願いがございます」 「銀。私もお願い。神子様じゃないってば!」 いつもの可愛い押し問答だ。 重衡は注意されるのが嬉しいのと、の真名を呼ぶのがもったいなくて、 相変わらず神子様と呼び続けている。 「左様でございましたね。次は気をつけますから。明日のお帰りは、少しだけ 遅くは無理でしょうか?」 「うん。無理。だって、銀ったら、一人で準備しようとしてるでしょ?」 クリスマスを二人で家でしようという事では話がまとまった。 問題は、その準備だ。 銀はのためにすべてを恙無く揃えたいのだ。 それはとて同じ事。銀のために何かをしたい。 同じ遣り取りを先週から繰り返し、いよいよ明日は金曜日。 今年のイヴは日曜日なのだから、土曜日から共に過ごせる。 よって、金曜日は準備という意味でとても大切な日。 ここが問題の始まりだ。 「そのぅ・・・私はお休みを土曜日からしかいただけないのです」 「うん。私は終業式が金曜日。でも午前中」 この半日の時間差が重衡にとっての悩み。 「ですから・・・土曜日からの・・・いえ。クリスマスの準備は私が・・・・・・」 「や!私もしたい。銀に喜んで欲しいもん」 、一歩も譲らず。 料理をするとは思えないが、何かがしたいらしい。 しかし、このままでは永遠に平行線だ。 重衡が大きな溜息を吐いた。 「わかりました。私が諦めます。そうですね・・・食事はすべて取り寄せに致しましょう。 神子様のお手を煩わせず、私も時間を心配せずに済みますから」 「うん!ツリーを買って、飾りつけをしながら明日は待ってるから。早く帰ってきてね?」 「はい。神子様が驚かれるくらいに早く帰宅してご覧に入れます」 に頬にキスをされ、一見納得したように見える重衡。 その実、重衡に妥協はない。 「ダメですよ?無理して怪我したりしたら嫌だもの。無事に帰って来て?」 「神子様っ!!!」 余りの嬉しさにを抱きしめる重衡。 (私の身を、そのように案じて下さるとは・・・・・・) 何事にも大袈裟すぎるくらい大袈裟な重衡だった。 は学校の帰り道、早々と友人たちと別れて電車で街中まで出かける。 目当てのツリーは、テーブルに飾れるサイズのモノが見つかりご機嫌だ。 残るは─── 「銀のプレゼントなんだよね〜。銀なら何をあげても喜んでくれるだろうけど・・・・・・」 心から欲しいと思っているモノをあげたいのだ。 将臣に相談したが、捗々しい回答が得られなかった。 『ば〜か。がいりゃ十分なんだよ、アイツは。にっこり笑って待っててやれ』 「そんなの・・・いつもと同じだもん」 時々は重衡の方が帰りが早くて驚くこともあるが、大抵出迎えるのはの方だ。 毎度、毎度、玄関での抱擁は恥ずかしいが、嬉しい。 「何がいいかなぁ・・・・・・」 紳士用品の売り場を巡りながら、重衡が喜びそうなモノを物色した。 「すべて手配し・・・完璧ですね」 ノートにびっしりと書き込まれた日々の食料他のメモ。 連絡もすべて完了しており、後は家で待つばかりだ。 これでクリスマス当日までの三日間は家から出る必要はない。 「そう、そう。贈り物を取りに行かなくては」 三ヶ月も前からこの日のために贈り物は注文してあった。 特注の雪を模ったアクセサリーのセットだ。 銀はあだ名だけれど、は気に入って呼び続けてくれている。 その銀色と雪になぞらえてと、プラチナとダイヤの組み合わせで頼んだ。 それを仕事中に堂々と抜け出して受け取りに行く。 予想以上の出来栄えに大満足である。 がつけたところを想像するだけで笑顔になる重衡。 (きっと・・・大変よくお似合いですよ) 雪の結晶の形。平泉の雪を思い起こさせる輝きを放つ石。 (神子様が私を導いて下さった・・・・・・) 大切に両手で小さな紙袋を抱えて会社へ戻った。 「う〜ん。銀、何が欲しいんだろう?」 隅から隅まで歩き回ったのだが、いまひとつ心ひかれるモノに出会えない。 半ば諦めながら書店へと足を向けると、そこには見覚えのある風景のポスターが 貼ってあった。 「これだ・・・・・・これがいいよ、きっと」 目当てのモノを素早く手に入れると、急いで家へ帰った。 偶然にも玄関で鉢合わせの二人。 「神子様・・・・・・」 「銀?こんなに早く・・・・・・」 時計を見れば、まだ十七時である。 「私は早く帰らせていただきましたので・・・神子様は?」 午前中で学校が終わっているはずのが出歩いているには長すぎる。 「えっと・・・可愛いツリーを探していたら遅くなっちゃって。テーブルにのる くらいで可愛いのが欲しかったの」 大きな包みを持ち上げてみせる。 「そうでしたか。それは私がお持ちしま・・・・・・」 「いいっ!いいの!これ・・・私がひとりで作るから!出来たら見てね?」 中には重衡への贈り物も入っているのだ。渡すわけにはいかない。 「・・・畏まりました。外は寒いですから」 不審に思いつつも問い詰められず、二人並んで部屋に入った。 がリビングでツリーの飾りつけをしている。 そのもみの木は、雪が積もっている木を表しているのか真っ白だ。 巻きつけた銀色のモールが映える木に、様々な飾りつけを施している。 「う〜ん。こっち?こうだと・・・・・・」 楽しそうに独り言を呟きながらツリーと格闘しているをキッチンから眺める。 お茶の用意をしながら時計を見上げると、玄関でチャイムが鳴った。 すべて予定通りだ。 重衡は届けられたモノを台所へと運び込み、の飾り付けが終わったタイミングで お茶とお菓子を持ってリビングへ足を踏み入れた。 「わ〜〜〜!クッキーだ。それに、アップルティー!!!」 鼻を鳴らしながら重衡が持つトレーへ近づいてくる。 「ええ。そろそろ飾りつけが終わった頃かと・・・・・・」 「うん。見て?可愛いでしょ〜〜〜」 高さにして四十センチ程度のツリーではあるが、座って眺めると中々のモノだ。 「雪の積もった木なのですね・・・・・・」 「普通は緑が多いんだ。だけど・・・こういうのが欲しかったの。ほら、銀と散歩した 時みたいで・・・・・・雪、寒かったけど綺麗だったから」 重衡が静かにを抱き寄せた。 「神子様・・・私も・・・覚えております・・・・・・」 「そうだと思った」 二人でただツリーを眺めて過ごした。 世間では“イヴイヴ”という言葉まで出来てしまったクリスマス・イヴの前日。 普段の土曜日と変わらずに過ごす。 違いがあるとすれば、明日の料理を楽しみにしているらしいが体重計に載っては 降りてを繰り返しているくらいだ。 「どうしよ〜〜〜。食べ過ぎたら大変だよね〜。でも、ケーキ食べたいよぅ・・・・・・」 「そのように気にせずとも、いつもと変わらずに可愛らしいですよ?」 幾度となく説得をしているが、そこは乙女心であろう。 その辺りは心得ているからこそのデリバリーサービスだ。 「神子様。本日は和食で低カロリーにしてありますよ?お昼のアイスもお豆腐から作られて いましたし・・・・・・。こちらをご覧下さい」 重衡が差し出したのは本日のメニュー表とカロリー一覧だ。 ここまですれば納得するだろうと、あらかじめ準備していた。 「そうだよね?うん。明日は美味しいモノ食べようっと!」 心置きなく明日を迎える準備が整いつつあった。 いよいよクリスマス・イヴだ。 朝は盛大に寝坊をして、昼に起き出す。 はもうプレゼントを渡したくて仕方がない。何とか我慢しながら重衡の様子を窺う。 「どうかされましたか?」 紅茶のポットを手に持っている姿がなんともよく似合う。 「・・・カフェのお兄さんみたい」 は座っているだけで紅茶のおかわりが注がれた。 「神子様に喜んでいただければそれでいいのです」 実のところ大きな野望があるので、こちらもせっせとの様子を窺っていたりする。 そうこうしているうちに豪華なディナーを済ませ、リビングで二人並んでケーキを食べる。 「ね、銀。あの・・・今からゲームしよ?」 「ゲーム・・・でございますか?」 「うん。いま、持ってくる。今日したいんだ」 立ち上がってしばし姿を消した。 戻ってきたの手には、クリスマスカラーの大きな袋がある。 「はい!これ、いまからしよう?銀にプレゼントなの」 「私に・・・ですか?」 の手から包みを受け取り、丁寧に袋にかかるリボンを解く。 中からは程よいサイズのパネルとジグソーパズルが出てきた。 その写真は─── 「これは・・・中尊寺・・・・・・」 雪の中、石段から金色堂を見上げるアングルの写真のパズルだ。 二人が知っている風景とはやや違うが、その雪深き林の気配は変わらない。 「ここに二人でかわりばんこにピースを並べて。出来たら飾れるよ?」 「ええ。今からいたしましょう。その前に・・・私からも神子様に贈り物があるので、 お待ち下さいね」 も同じ日を覚えていてくれる。 間違いなく喜んでくれるだろうと、小さな紙袋をに手渡す。 「なあに?可愛い〜」 紙袋の中には丁寧に包まれている袋。袋を開けると小箱。 いかにもアクセサリーが入っていそうな小箱にリボンのラッピング。 蓋を開けたの目が見開かれた。 「雪・・・雪の結晶・・・・・・ありがとう!」 が重衡に飛びつく。 「私の方がお礼を申し上げねば・・・・・・」 重衡を抱きしめてくれる腕の温かさは、今も変わらない。 (神子様のお心は何と清らかなのでしょう・・・・・・) 朝陽に反射する雪景色のように眩しい存在。 (私の不埒な願いもお聞き届けいただけますね?) 「神子様・・・お願いがございます」 「なあに?」 重衡の瞳を見上げるの瞳は、まるで疑いがない。 「あれを・・・お召しになっていただきたいのです。私、まだクリスマスをよく 存じ上げなかったものですから・・・・・・」 いつのまにハンガーにかけられて用意されていたのだろうか。 そこにあったのは─── 「・・・・・・どう間違ったらミニスカのサンタさん衣装なの〜?」 「私が聞き及んだところによりますと、サンタに願いをとの事でしたので。私の 場合は神子様にと思ったのですが・・・・・・恋人はサンタなのでございますよね?」 これでもかというほどの真剣さを装ってに真顔で告げる重衡。 真面目な重衡の間違いを怒れない。結果は明らかだった。 今宵は私だけのサンタでございますね?神子様─── |
Copyright © 2005-2006 〜Heavenly Blue〜 氷輪 All rights reserved.
銀くんには、どうしてもどこかブラックなイメージを持っているんですよぅ。ごめんなさいっ!
(2006.12.25サイト掲載)