霜月生まれの貴女へ 「つ、疲れたよぅ・・・・・・」 熊野からの帰り道。 紅葉に色づく道を通り抜け、色々あったが目指す京まであと一息である。 が、あと一息こそが近くて遠いもの。 よりにもよって山越えでの帰路なのだから、がぼやいても仕方ない。 「そうだよね〜〜〜。ちょお〜っと冷え込んできたし、早めに宿を探そうか〜」 強行軍の姿勢を貫く九郎は、いかにもリーダーらしく休みは必要最小限。 が口に出してくれたからいいようなものの、口数の少なくなった朔の事も 心配な景時。 このきっかけを逃すまいと、素早く休みの言葉を口にする。 「・・・もう下りで京は目前だ。これ以上帰りが遅れては・・・・・・」 振り返り様に九郎が反論しかけるものの、仲間の疲れた様子が目に入った。 「・・・・・・あの家に今夜の宿を頼むか」 折りよく前方に小さいながらも集落が見える。 一番大きな家の戸を叩き、その晩の宿を確保することが出来た。 「お世話になるんですから、薪集めしてきますね!」 誰もが何かをしなければと思っていた矢先、真っ先にが立ち上がる。 「俺は夕餉の支度を・・・朔殿としますね」 これ以上は外で歩けなさそうな朔を指名しつつ、この人数の料理を作る仕事を 引き受ける譲。 「なんの、なんの。何もないですが、それっくれぇは・・・・・・」 「大丈夫です!ちょっと珍しいものを作りますので。ぜひ一緒にいかがですか?」 何気に愛想のいい譲が、中年夫婦の妻の方へ声をかけ話はすぐにまとまった。 「じゃ、オレも薪拾いに行こうかな」 景時が立ちあがると、 「私も!私も神子と行く!」 「僕も薬草を取りがてら・・・・・・」 「姫君が行くのなら俺もかな?」 次々と薪拾いに立候補する仲間たち。 九郎が大きな溜息を吐いた。 「そんなに行ってどうする・・・こちらで手伝えることもある。それに、何かと物騒 なのだから交替で見張りを・・・・・・」 「私が見張りに立つとしよう」 リズヴァーンがそのまま姿を消した。 「先生!・・・・・・とりあえず、敦盛はこちらだな?」 「はい。庭先の片付けをお手伝いしようかと」 収穫した秋の収穫物が放置されているのだ。 これらを納屋にしまうなどの人手がいかにも必要そうな庭先を見ていた敦盛は、 最初から薪拾いには志願していなかった。 「・・・で?九郎は誰が残るべきだと思うんだい?」 ヒノエが九郎に問いかける。 「大人数で薪拾いはしなくてもいいだろう。・・・白龍はといたいだろうからな」 どうやら白龍はと行く数に計算しているらしい。 「九郎。はっきりしようよ〜。早くしないと日が暮れちゃうしさ」 景時が頭をかきながら戸口で立ちつくす。 「つまり。ヒノエは屋根の修理で、弁慶はこの集落の病人を看るべきだと思うが?」 途中の村では配慮が足りなくて畑が焼けてしまった。 九郎としては、少しでもいいから戦に巻き込まれてしまった人々に何かを返したいのだ。 「ちぇっ。姫君との逢瀬に邪魔が入っちまった。そういや野分の時期だもんな。早めに 直しておくか。今回は残念だけど景時に譲るさ」 の手を取り軽く口づけ、ヒノエが姿を消した。 「ヒノエくんっ!!!もぉ〜〜。すぐにこういうことするんだから!」 真っ赤になってが抗議をする頃にはヒノエはもういはしない。 「それじゃ、さくっとちゃきっと行ってくるわ。あと、頼んだよ〜」 景時が歩き出すと、その後ろをと白龍が着いて部屋を出て行った。 「さて。俺も庭を手伝わなくてはな」 ひとり掛け声をかけ、九郎も敦盛たちを手伝いだした。 「景時さん。ありがとうございました。疲れているのに、薪拾い一緒にって」 前を歩く景時の背中へ向けてが礼を述べる。 「へ?いや、いや、いや〜。お礼を言うのはオレの方。朔も疲れてるみたいだったしさ。 九郎が早く帰りたいのわかるしで、どうしようかな〜って思ってたんだよね。うん。 ありがとう、ちゃん」 今までどんなに強行軍でも愚痴ひとつ言わなかったが、初めて零した愚痴らしきもの。 その真意が、朔のためであるなどわかりきっている。 「違うんですよ!あのね、さっきちらっと見かけちゃったんです。だから、少し散歩したくって」 景時へ耳打ちするようにが小声で話す。 「何を見ちゃったの?」 「あのですね、青くてとってもきれいな実!ブルーベリーなのかな〜って」 どうやらは何かの実が食べたいらしいと覚った景時。 朔の事もあるだろうが、実も気になっていたようだ。 「探してみる?」 「はい!ジャムにしたら美味しいんですよね〜。譲くんに頼めば作ってもらえるかなって」 女の子にしては珍しく、はあまり料理をしない。 けれど、それがだと怠けているとは見えないところがのよさだろう。 「神子!それは・・・甘いの?」 譲が作る料理に目がない白龍が、その瞳を輝かせる。 「甘くはないけど、甘くするからとっても美味しいんだよ!白龍も探してね」 「うん!頑張る!」 こうして薪を集めに来たはずの三人は、やや脱線した目的を達成すべく山中を彷徨った。 「あった!これです。この青い実!」 木の根元に群生しているそれが、一斉に深い青色の実をつけている。 「あ。・・・・・・それは・・・食べられないよ?」 「ええ〜〜?!そうなんですか?これって・・・・・・」 がしゃがみ込んで青い実をひとつもぎり取ると、指で摘まんで景時に見せる。 「うん。小鳥が食べたりはするけどね。忘れてたよ・・・竜の髭って言うんだ」 「髭〜?白龍には髭なんてないですよ?」 龍といえば白龍である。 白龍は今は子供の姿をしており、大きくなった時にも髭などなかった。 「違う、違う。その植物の名前。想像で描かれた竜の絵があるでしょ?あれには髭が描かれて いるから。似てない?長くて丈夫そうな感じが」 景時もしゃがみ、葉の方を手に取ってに見せる。 子供がお絵かきで描く葉よりは、確かに長く細いそれ。 髭に見えなくもない。 「なぁ〜んだ。譲くんにケーキ作ってもらいたかったのにな」 「ケーキ!私もケーキが食べたい!!!甘くて美味しい」 一度だけ譲が焼いてくれたケーキを覚えていたらしい白龍。 いよいよ何かを探さなければならなさそうな気配だ。 「ん〜〜〜。ごめんね?白龍。私が思っていた実じゃなかったの。だから、ケーキは無理かな」 白龍の頭を撫でながら宥める。 残念そうに項垂れ、諦めきれない様子の白龍。 可哀想ではあるが、食べるのには適さないその青い実を、景時が集めだした。 「・・・景時さん?」 「ん〜〜〜?」 「何してるんですか?」 静かになっていた景時を見れば、せっせと実を集めているのだ。 食べられないのに集めてどうするのだろうとが話しかけた。 「この実ってね、龍の珠ともいわれてるんだよ〜。これで楽しい事しようかな〜ってね!」 「何?何をするの?」 白龍も駆け寄って景時の手元を見つめる。 「それは・・・帰ってからのお楽しみ!薪も集めて早く帰ろう!」 ある程度集め終わった景時が立ち上がり号令をかける。 「は〜〜〜い!帰ったら美味しい夕飯だねっ」 「だねっ」 集めた実は白龍が持ち、景時とは集めた薪を持って集落へと戻った。 「お帰りなさい、。白龍」 何故か朔が出迎えに待っており、景時を無視して二人を中へと案内する。 「ただいまっ。あの・・・・・・」 「早くしないと冷めてしまうわ。白龍も、お疲れ様」 ついに手を引かれて、たちだけが先に中へ入ってしまった。 「え〜っと・・・何かな?」 ひとり取り残されてしまった景時。 薪を台所へ置いてから、仲間が集まっている部屋へと戻ると─── 「なっ・・・何、これ!?」 色とりどりの食材が並ぶ中、が奥まったところにいつもの服ではなく、地味ながら 朔の着物を着付けられて可愛らしく鎮座している。 「兄上!遅いですわ。待ちくたびれました」 朔に呼ばれて、訳も分からずの隣に座することになった景時。 「え〜っと・・・何?」 辺りを見回していると、譲が笑いながら前へ進み出てきた。 「誕生日だったんです。今日が」 「たん・・・じょうび?」 首を傾げる景時。まったく聞いた事がない言葉である。 おかげで妙なイントネーションで繰り返してしまう。 「実際は太陽暦じゃないと意味がないのでしょうけど。こっちでそれを考えるとややこしすぎ なんですよね。なので、簡単にいうと、先輩が生まれた日と同じ月と日にちって事です」 「へ〜〜〜。ちゃんの・・・・・・」 景時はの事が好きだ。 いつも笑顔で前向きなは、景時にとっての唯一の支え。 そののために仲間は宴を開くという。 「だからか・・・・・・」 本日は食材に限りがあったのだろう。 それでもゴマを使ったケーキが作られており、芋類を様々な調理法で使った食事が用意されて 白龍は先ほどからケーキしか見ていなかった。 「それじゃあ、いただきましょうか。さん。お誕生日、おめでとうございます」 弁慶の挨拶で食事が始まった。 「これ・・・全部イモなんだ〜」 「はい!これは・・・お芋の天ぷらって感じです」 スティック状に切られた芋を油で揚げたモノを、美味しそうにが頬張っている。 景時も摘まんでみると、程よい塩加減の、確かにじゃが芋の味がする料理だった。 「へ〜〜〜。これは変わってるね。そういえばさ、最初に天ぷらを作るトコロを見たときには 驚いちゃったな〜。油に入れちゃうんだから。あれには驚いたよ」 この時代の油の需要は、基本は明かりの役割だ。 料理に大量に使うなど考えもしなかった。 古くなった油は明かりに使えなくもないので、無駄にはならない。 おかげで気持ちがそう咎められることもなかった。 「あっちもすごいねぇ?」 先ほどから白龍がパクついているのはスイートポテトだ。 巨大焼いもに見える黄色い物体を、美味しそうに食べている。 「あれ、すっごく美味しいんですよ?本当はもっと小さいんですけど、白龍だけ大きいの!」 姿は小さいが、実物は大きい白龍。 時に胃袋のサイズを疑いたくなるほどの食欲を見せる。 「あのさ・・・食べ終わったら・・・・・・オレと散歩に行かない?」 一世一代の勇気を出してを誘う。 薪拾いで思いついた事が、への贈り物になりそうな気がしたからだ。 「えっと・・・はい・・・・・・」 景時に誘われたのは、勝浦の時以来。 は景時のことが好きだったのでかなり期待してしまったが、誘われたのはだけでは なかった。よって、今回は多くを期待しないように、短く返事をしておいた。 (きっと・・・皆でなんだよね・・・・・・誕生日に二人きりって、憧れなんだけどな) 別段、何かを貰おうとは考えていない。 ただ、大好きな人と二人で過ごす誕生日というものを経験してみたかった。 それを今日なら強請ってもいいのだろうかと考えたが、景時はもう次の食べ物を食べている。 言い出せないままで、も目の前にある食事に専念する事にした。 景時は断わられなかったことに安堵し、のそんな微妙な様子を見逃していた。 食事が終わる頃になり、が立ち上がった。 「あの・・・ありがとうございましたっ。まさか今日が誕生日だったなんて、覚えてなくて」 こちらの暦はなんとも難解だ。 まして、今のに必要なのは、どの気に影響を受けやすいかである。 が自分の誕生日に気づかなくても、そのまま季節は移っていたことだろう。 「それなら・・・功労者は譲君かな?ね?」 弁慶が譲の方を見た。 「えっ?!いや・・・その・・・偶然暦を朔殿に聞いたからで・・・その・・・皆でって言い 出したのは九郎さんで・・・・・・」 「ばっ!!!それは言うなと・・・・・・」 九郎が慌てだすのが面白く、周囲の笑いを誘う。 「えへへ。お片づけ、しなくちゃですね」 「いいのよ、は。私たちでするから。少し休んでいたらどう?今日は空気が澄んでいるから、 星がきれいに見えると思うわ」 さり気なく朔がの手にある器を取りあげる。 「あのっ・・・・・・」 困っているを見て、ヒノエがの手を取った。 「それでは。姫君は俺と星空を見に・・・・・・」 「ちょっと待った!ちゃんはオレと先約があるんだよね〜」 景時がその手を奪い返す。 「景時さん?!」 「ね?さっき約束したよね。オレと・・・散歩に行こうね」 普段の景時らしからぬ強引な態度に、誰もが笑いを堪える。 二人の気持ちを知らない者はいないからだ。 「兄上。片づけが終わる頃には戻ってらしてね」 朔が上手くその場をまとめる。 「御意〜ってね。そんなに遅くならないよ」 どさくさに紛れ、と手を繋いだままで景時が外へとを誘った。 「・・・上手くいきましたね」 「そうね。これが贈り物だって知ったら、、怒るかしら?」 仲間からのの誕生日の贈り物は、景時とのデートだ。 もしも景時が誘わなかった時の策まで考えていたのだから、用意周到である。 「それにしてもさ〜、何だってああもじれったいかな?」 「ヒノエほど軽々しく言葉を口にする者の方が珍しいだろう」 あっさり敦盛につっこまれる。 「いいから。こちらの方々にも世話をかけたのだ。今宵くらいはのんびりしてもらうよう、 仕事を分担するぞ」 律儀にも村の仕事まで引き受けてきたのだ。 仲間たちはそれぞれの仕事をするためにその場を離れていった。 「ちゃん。これ、な〜んだ?」 「あっ!えっと・・・竜の髭の実!」 取り出した青い実を、そのまま銃口へ入れると空へと放つ。 「流れ星みたい!!!」 手を叩いて喜ぶを見て、さらに言葉を紡ぐ景時。 「うん。願い事、してみない?」 「えっ・・・・・・」 隣に立つ景時を見上げる。 「何でも・・・叶いますか?」 の問いかけに、静かに景時が頷いた。 「叶うよ。本当に・・・強い願いなら・・・・・・」 景時こそが自分に言い聞かせてきた言葉だ。 袋に入れてある青い実を、もう一粒取り出して眺める。 「えっと・・・星が流れている間に、三回唱えられたら叶うっていうの知ってますか?」 「え?そうなんだ」 景時にとっての星は、陰陽道の卜占のひとつでしかない。 星が流れるのは、何かの兆しである。 それでも、よい兆しにならないかと、そんな気持ちからに持ちかけた散歩。 「そ〜うだ!たくさん一気に星が流れれば三回言えるよね!」 すべての実に軽く呪いを施し、打ち上げる準備をする。 「それじゃ、用意はいい?」 「はいっ!」 が夜空を見上げて待っていると、青い実が星に化けて打ち上げられる音がする。 「ちゃんと、ずっとこうしていたいです・・・・・・」 早口かつ小声で唱えられた景時の願い。 隣にいたにしっかり聞えてしまった。 「・・・あれ?」 隣で静かにしているを訝しむ景時。 「あの・・・景時さん。私ね、言い忘れちゃった」 「なっ・・・何を?」 も声を出して唱えていれば聞かれなかっただろうとは思う。 実際、景時は必死に早口で言い終えたのだ。隣は見ていなかった。 「私のお願い。だって、景時さんと同じだったんですもん」 「・・・ええっ?!ちゃん、言ってなかったの?!」 動揺して身を反らす景時。 お互い真っ赤な顔が暗闇で見えないのが救いだ。 「・・・聞かれちゃったか。今更取り繕っても仕方ないな。・・・その・・・オレさ、 ちゃんの事が好きなんだ」 「私ね、景時さんが好きです。でも・・・景時さんからみたら、私なんて妹だろうなって。 お料理も出来ないし、お裁縫だって下手だし・・・・・・」 俯くを、それこそありったけの勇気を出して抱きしめる景時。 「景時さん?!」 「違うよ。ちゃんがいいんだから・・・さ。何だって出来ないよりは出来るほうが いいんだろうケドね」 の手が、恐る恐る景時の背に回された。 「あの・・・夢みたい。景時さんが・・・彼なんだよね?」 「彼?」 景時が景時を見上げているの顔を覗き込む。 「えっと・・・彼じゃ通じないって事は・・・・・・そのぅ・・・恋人・・・とか」 が知っている言葉で、出来るだけ古風な部類の言葉を選ぶ。 カタカナ言葉は問題外だろうから、真っ先に除外した。 「オレで・・・いいのかな?」 「景時さんがいいの!景時さんが・・・景時さんがいると・・・ドキドキするの」 景時の服が皺になるほど握り締める。 「ありがとう。オレも・・・こうしてるだけでドキドキ・・・・・・」 二人の頭上でホンモノの流れ星が流れていた。 竜の髭の花言葉は、変わらぬ想い─── |
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あとがき:青い実は種子だそうです。「竜の髭」よりも「蛇の髭」が正式な和名だそうです。