神無月生まれの貴女へ





「金木犀の香りだ・・・・・・」
 京の怨霊を封印した帰り道、どこからか風にのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ほ〜んとだ。どこからだろうね?九郎!少しだけ寄り道しようよ!」
 前方を歩く九郎に声をかける景時。
 本日のの怨霊封印の供は、九郎、譲、景時の三人。
 僅かに譲の肩が揺れた。

「馬鹿か?毎日、毎日、あちこちから怨霊騒ぎだ。だって早く帰って休むべきだろう」

 源平の戦の決着がつかないまま、京で半分待機状態の日々。
 誰もがイライラが募り、目先の怨霊に振り回されている。
 町の人々とて表面だけの穏やかな暮らしにすぎない。
 だからといって、そう毎日びくびくしたものでもなく───


「九郎さん。俺、九郎さんと弁慶さんにお願いがあるんですけど」
「なんだ、譲。俺と弁慶にか?だったら守護邸へ早く戻るか」
「いえ、だから・・・景時さんと先輩は後から来てください。そうですね・・・一時は遅く
お願いしますね。大切な話があるものですから」
 譲に手で払われてしまった景時と

「よしっ!それじゃオレとちゃんは金木犀探しの旅に行こ〜〜〜!」
 譲の機転に気づいた景時が、素早くの手を引いて九郎の返事の前に歩き出した。







「景時さん!景時さん・・・いいの?忙しくないの?そのぅ・・・お仕事の方」
 手を引かれてあちこちの路地を確認しながら歩く。
 少しだけ先を歩いている景時の背に問いかける
「オレ?オレの仕事ねぇ・・・仕事は無い方がいいね〜」
 まるで聞く耳を持たない景時。
「そうじゃなくって!景時さん、今日は私と怨霊の封印に・・・・・・」
「あっ!アレじゃない?金木犀の香りってすごいから、どこか探すの大変だったよね〜」
 少しばかり強い金木犀の香り。
 その香りの強さがその場所を示しつつ、隠す効果にもなっていた。

「・・・あった・・・金木犀・・・・・・」
 季節を知らせてくれるその香りを、胸いっぱいに吸い込む。

「あはは。そんなに好き?金木犀」
「好き・・・ですよ。・・・将臣くんと譲くんの家にあって・・・いつも・・・・・・」

 の誕生日を祝ってくれた香り。
 菫が生きていた頃は、どういったわけか有川の家で行われていたの誕生会。
 女の子の孫が欲しかったという菫のわがままだったと聞いたが、今思えば、この香りを共に
感じるための誕生会だったのではと思う。

「いつも・・・何?」
 の言葉が途絶えたのが気になり、続きを促がす。
「何でもないですよ。ただ・・・この季節になると、菫おばあちゃんを思い出すんです」
「ああ。嵐山で言ってた・・・譲君のおばあさんで星の一族の人・・・・・・」
 静かにが頷く。

「その時に気づかないことって・・・たくさんあるんですよね。菫おばあちゃん、私の為に
向こうの世界まで来てくれたんだなって。いつもお花の手入れをしていて。・・・学校で嫌な
ことがあっても、お母さんより先に話しを聞いてもらいに行ってたんです・・・・・・」
 金木犀を見つめたまま動かない

「そう・・・・・・」
 景時もに付き合って黙って隣に立っていた。







ちゃん。日も暮れたし、そろそろ行こうか?」
 立ち尽くすの肩を叩く景時。
「きゃっ!やだ、こんなに暗くなってる!!!」
 日が暮れたどころか、太陽はとっくに沈みきっている。
「あはは。まだ宵の口だよ。ただし・・・これ以上遅くなると譲君に叱られそう。約束の一時が
そろそろなんだよね〜」
 おおよその時刻ではそれくらいだと考える。
「そうでした!譲くんの夕飯が待ってる〜。早く帰らなきゃですよね」
 歩き出す
 景時は一度振り返ると、花がついた枝をひと枝だけ手折る。

「はい、ちゃん。少しなら怒られないよ」
「あ〜〜〜!悪いんだ、景時さんたら。でも・・・折っちゃったんだから、もらっておきますね!」
 顔の前で少しだけ振ると、辺りは暗くてもその存在を主張する金木犀の香り。

「帰ろうか。オレしかいないから、手を繋ごうね。何か合ったら大変だしさ」
 さり気なく差し伸べられた手に手を重ねる
 景時だけだからといって、危険があるとも思えない。


(また手・・・繋いじゃった!)
 が景時を好きな事は、周囲で知らない者はいない。
 ただし、九郎を除いてだ。
 
「ん?何〜?オレの顔に何かついてる?」
 の視線を感じて、隣を軽くの瞳を見つめ返す。
「何も。・・・何でもないです!」
「早く帰ろうね。オレもお腹空いた〜〜〜」

 に落胆を気づかれないよう、足早に家を目指す。
 何と言っても、景時もが好きなのだ。
 かなりの勇気を出して行っている手を繋ぐという行為が、あっさり受け入れられてしまった事も
落胆の原因ではある。

(まったく意識されていないってコトだよなぁ・・・・・・はぁぁぁ・・・・・・)
 景時がを好きな事も周囲で知らない者はいない。
 ただし、こちらも九郎を除いてである。
 しかも、この二人の一番の問題点は、お互いがお互いを好きな事に気づいていない事。
 まさに九郎並に恋愛感情に疎いところが最大の難所であった。


「景時さんって、やっぱりお兄ちゃんですよね〜」
 さり気なく、かつ、気軽に女の子と手を繋げる事が。
 普段もとても話がしやすいのだ。
 女の子の扱いに慣れているなと思う。

「・・・そう?いつも朔には頼りないって叱られてばかりだけどね〜」
 決定打ともいえる兄扱いである。
 これではとても告白などしようがないし、したこともない景時にはどうすればいいか見当もつかない。
 会話をすればするほどお互いの勘違いが酷くなったまま邸に着いてしまった。





「ただいま〜・・・あれ〜?」
 家の中の気配が微妙に浮き立っている。
「何か・・・ありました?」
 靴を脱ぎながら、景時の様子を窺う
「ん〜〜〜、豪華なご飯の気配・・・かな?」
「ヘンなのぉ〜、景時さんたら!でも、今日の夕飯はなんでしょうねっ!」
「急がないと、おかずがなくなっちゃうかもね!」
 小走りにいつも仲間と食事をしている部屋へ向かうと、何故か戸が閉められている。

「・・・やっぱり変だ。でもさ、皆の気配もあるし・・・食べ物の匂いもするよね?」
 景時が首を傾げると、も頷く。
 景時が戸に手をかけて一気に引いた。


「お誕生日おめでとう!」


 並べられた豪華な食事と仲間の笑顔が二人を迎えた。





「へ〜〜、誕生日ね。そりゃ・・・オレにも言ってよ」
 事情を譲に聞き込み中の景時。
 すっかり仲間ハズレにされ、知らないうちにを邸に近づけない役をさせられていた。
「いえ・・・俺も金木犀で思い出したので・・・伝えるヒマもないし、何かしたいしで。すみませんでした」
 素直に譲に頭を下げられては文句の言いようもない。
「いや〜、それはいいんだけどさ。オレも何かしたかったな〜〜って」
「突然だったので食事会しか思いつかなくて。ヒノエのおかげで豪華な食材が調達出来たのが救いですけど」
 並んでいる料理は景時の知らないものから知っているものまで様々。
 酒もヒノエらしくよい物が揃えられている。
 誰もが楽しい食事会になっているのは間違いない。
「楽しいのが一番でしょ!お疲れだったね〜、こんなにたくさん」
「いえ・・・そんな事は・・・金木犀、見つかったんですね」
 が大切そうに部屋の端に置いたのを見たのだ。
「うん。譲君の祖母君がちゃんをとても大切にしていたって話も聞いた」
「そうでしたか。先輩の誕生日はいつも祖母が張り切ってましたから。庭の金木犀を眺めながらが定番で」
「そっか」
 将臣に呼ばれた譲は景時を簀子に残して部屋へ戻った。
 


 入れ替わるように朔が欄干にもたれて酒を飲む景時の隣に座る。
「兄上。こんなところで・・・中に入ればよろしいのに」
「ん〜?ここだと風が気持ちいいしぃ〜。ちょっと飲みすぎたかな」
 何となく中に居づらくて出て来てしまったのだ。
「まったく。自分で加減して下さい。・・・・・・兄上。姉が欲しいといった話、覚えてます?」
 月を見上げながら朔が呟いた。
「あはは。そういえば、そんなこと言ってたね。母上が順番があるのだから、妹か弟しか無理ってね。朔は
泣いて駄々こねて大変だったよなぁ・・・・・・」
 幼い朔が、他の子供には姉がいて仲良く遊んでいるのが羨ましくて言った無邪気な言葉。
 たまたま朔には姉がいなかっただけなのだが、周囲の家には姉妹が多く、朔が欲しがったのだ。
「ええ。兄上では頼りないし、女の子同士の遊びはしてくれないし。それに・・・兄上は忙しかったものね」
「まあ・・・一応跡取りらしきはしないとねぇ・・・・・・」
 朔か景時の膝を叩く。
「私ね、先ほどその日の事を思い出しましたの。そしてね、私に姉が出来る方法も」
「あら〜、そんなこと思いついちゃってましたか。その方法は何となくわかるけど、無理だろうね〜」
 景時が嫁を娶れば自動的に朔に姉が出来るのだ。
 至極単純かつ、確実な方法といえばこれしかない。
「そうは思えないのですけれど・・・・・・兄上がハッキリしさえすれば私の願いが叶いそうなのに。もう
御酒はお控えなさいませね」
 景時の盃を取り上げると、朔は部屋の中へ戻ってしまった。

「参ったなぁ〜。朔が言いたいことはわかるけどさ・・・・・・」
 景時とて名のある武家の跡取りである。
 婚儀の話が出なかったわけではないが、どうにも乗り気になれないでいると先方から断られていたのだ。
「ハッキリしないのって、そんなに悪いことなのかなぁ・・・・・・」
 いよいよ欄干に背を預けて座っていると、が景時の傍へやって来るのが見えた。



「景時さん。大丈夫ですか?これ・・・お水ですよ」
「あはは〜、ありがとね。うん。少し飲みすぎちゃったみたい・・・・・・」
 言う程飲み過ぎてはいないのだが、から湯のみを受け取った。
「ごめんなさい・・・今日・・・疲れちゃったんですよね。金木犀探しまで・・・・・・」
 封印で散々歩き回った後に金木犀探しまでしてもらったのだ。
 景時の真似をして、も欄干を背に座り込む。
「あれくらいじゃ疲れないよ〜。ホラ、ちゃんのお祝いだからって調子に乗っちゃったみたいで」
「な〜んだ。そんなに気合入れて祝わなくてもよかったのにぃ・・・・・・」
 景時が飲みすぎた理由がの所為だとは思わなくて、申し訳ない気持ちが先に立つ。

「いや・・・本当は違うな・・・・・・違うんだ」
 湯のみを簀子へ置くと、の片手を手に取り、その肩へ寄りかかる景時。
 常とは違う景時の様子に、は緊張しつつも姿勢を崩さないように必死に体に力を入れる。

ちゃん・・・・・・大きな荷物、拾ってみない?」
「荷物・・・ですか?」
「うん。オレなんてどう?朔に言わせると頼りないらしいんだけどさ。朔がね、お姉さんが欲しいんだって。
母上に再嫁してもらうのも無理があるし。誕生日ついでに贈り物にオレなんてどうかな〜って」
 思っていたより飲んでいたらしく、朔の所為にしつつも遠回しながら告白をしてしまった。
「あ・・・無理にとは言わないんだけど・・・うん。ごめんね、やっぱり酔ってるみたい」
 に嫌な思いをさせてしまったと景時が即座に謝る。


「酔って・・・ますか?」
「うん・・・酔ってなきゃ・・・言えないよ、怖くて。・・・ごめんね」


 が景時の前髪を引っ張る。
「あのね・・・誕生日で景時さんもらえるならラッキーって思ったの。さっきの・・・ナシですか?」
「えっ・・・・・・ああ。ちゃんもお兄ちゃんが欲しいとか?」
 昼間の会話を考えるならば、がいう景時がもらえるの指し示すところは兄だと思われる。
 それでもいいかと気を取り直す景時。

「兄弟は・・・もらったり出来ないですよ?お嫁さんとかはもらうっていうけど・・・・・・」
 、必死の抵抗を試みる。
 景時を兄と思ったことなどないのだ。
 ただ、朔と景時を見ていると、二人の距離が羨ましくて仕方なかっただけの事である。
「そっか。じゃ・・・ちゃんにお婿にもらってもらおうかな」
 冗談のように言っているが、本音丸出し。最後の賭けに出る景時。


「・・・はい」


 の返事を聞いた景時が、寄りかかるのを止めての前に正座した。
「ゴメンっ!こんなのダメだ。やり直し。今からがオレの本当の気持ちだから・・・・・・」
 つられても景時の前で正座になる。


「オレは君が・・・ちゃんが好きです。オレを貰って下さい!!!」


 かなり大きな声だったために、部屋にいた仲間にまで聞えていた。



「景時。景時がもらわれてどうするんですか。やり直し!」
「おっさんはさ〜、最後が決まらないんだよな〜。口説いたことないワケ?」
「景時は馬鹿だな〜、家付きをアピールして嫁に来いっていうのが定番だろ。こんなにデカイ家あるんだし」
 弁慶、ヒノエ、将臣にダメだしをくらう。

「しかし・・・神子の誕生日なのだから、神子がもらうのが筋というものだ」
「そうですよ。どっちがどうでもいいじゃないですか。結局は一緒にいられればいいんだろうし」
 敦盛と譲の応援らしき言葉。

「お前たち、景時の気持ちを考えろ!その・・・はどうなんだ・・・景時はお勧めだぞ」
 初めて景時の想い人を知った九郎。精一杯売り込む。
 リズヴアーンは言葉無く頷いている。



「もぉ〜〜〜!お誕生日の主役は私ですっ!景時さんは私がもらうんです。朔のお姉さんだって引き受けちゃう
んだから!!!」
 声高らかに宣言をする。これ以上からかわれては敵わない。
 しかも、景時に告白してもらった大切な言葉なのだ。
 再び酔った戯言にされないためにも素早く返事をしていた。



「嬉しいわ、が姉上になってくれるなんて!最高の誕生日だわね」
 小走りに近づいてきた朔がの手を取り、さっさと二人で部屋の中へ戻ってしまう。
 景時がへ伸ばした手は、虚しく宙に浮いたままだ。



「オレ・・・はめられ・・・ちゃったのかな〜?」



 景時の前に座る陰が二つ。
「そうですね。それはお水ではなかったわけですし」
「酒も景時のは呑み口いいけど強かったんだぜ?知らなかっただろ〜」
 弁慶に薬を盛られ、ヒノエに騙されていたとようやく気づく。



さんが一番欲しいモノをお贈りするべきだと思いまして」
「誕生日って、そういう日なんだろ〜?将臣が言ってたし。文句なら将臣へな〜」
 熊野組、将臣と譲の説明をかなり都合よく解釈したらしい。
 

「な〜んだかちゃんの誕生日なのに。オレの告白記念日みたいだね」
「いいじゃん、そんなの。があんなに喜んでるんだし。女の子を待たせるもんじゃないよ」
 ヒノエに湯のみを手渡された景時。
 今度こそ水が入っているのだろう。
 一気に飲み干すと頭がすっきりし、かなり格好悪かった告白が目の前で再現されてくる。



「最悪にカッコわる・・・・・・」
「ば〜か!ホラ、起きて姫君の隣に行けって。さっきから心配そうにコッチ見てるぜ?」
 ヒノエが景時の手を引っ張り、弁慶が部屋の中へ向けて景時の背中を突き飛ばす。
 転がるようにの前に座る格好になった景時。


「姫君!どうだい?俺たち皆からの贈り物は」
 ヒノエがに声をかけると、は部屋の中にいる仲間の顔を一通り見回してから笑顔を見せる。



「みんな・・・ありがとう。私ね、景時さんがずぅーっと好きだったの。嬉しい!」



 過去最高の誕生日を迎えた
 贈り物は景時と、翌日、景時の手配によって梶原邸に植えられた金木犀。



「来年はさ・・・この庭で金木犀見ようね」
「はい」



 来年の誕生日こそ、静かに二人で迎えられる?
 





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 あとがき:金木犀の花言葉は、『謙遜』や『真実』らしいです。景時くんの謙遜ぶりから酔った勢いまでvvv     (2006.09.01サイト掲載)




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