睦月生まれの貴女へ 「・・・と、いうものがあるらしいの」 「へ〜〜。“誕生日”かぁ・・・・・・」 説明を終えた朔が、身を乗り出す。 「・・・兄上に協力してもよろしくてよ?」 「は?何の協力?」 口元に笑みをたたえる妹を、ぼんやりと見つめる景時。 「・・・何かのためにしたいな〜と。そうお考えかと思いましたの。違うならいいですわ」 朔が景時の部屋を出ようとするのを、手首を掴んで引き止める。 「ちょーーーっと待った!そう!そうお考えだったんだよ〜〜、さすがだね」 軽くこめかみの辺りを押さえる朔。 の誕生日絡みでなければ、小言のひとつも言いたくなる。 気合で堪えて、景時へ知恵を授ける。 「は猫柳が好きなんですって。あのフサフサした感じがいいそうよ?」 「猫柳?!それはまた・・・・・・唐梅とか、花の方がよくない?」 贈り物なら花だろうと考えていた景時。 朔の提案は悪くは無いが、猫柳は木の芽なのだ。花未満である。 「そうなのよね。・・・春にはまだ少し早すぎだから、見つけるのが・・・・・・」 「だぁ〜よねぇ〜?」 兄弟そろって、同じ方向へ首を傾げる。 「でも、この前と話をしていて、懐かしそうに“猫柳”が好きって・・・・・・」 あげるならば、好きなものをあげた方がいいと思う。 朔の贈り物は、当然の好きなモノなのだ。景時にも好きなモノを贈らせたい。 「猫柳ねぇ・・・ね・こ・や・・・あっ!高雄の方なら・・・うん。ある!」 「ほんとう?!じゃあ、兄上はそれになされば?高雄ならば、二人で行ってくればいい のではないかしら?そうね、帰りに北野へ寄れば、唐梅もありますでしょう?」 朔が手を合わせて、ほぼ決定のように話を進める。 「でっ、でもさ・・・そのぅ・・・ちゃんが嫌かもしれないし・・・さ。それに、皆だって何か したいんじゃ・・・・・・」 「そんなのは後でいいんです。譲殿と、豪華に夕餉の支度をしましょうと決めてあります」 ぴしゃりと朔に言い切られ、仲間については考えるなという意味だと悟る。 「じゃ、じゃあさ・・・ちゃんには朔から・・・・・・」 ぜひとも朔から打診して欲しい。いきなり景時が話しかけては不審でしかない。 「・・・なぜ私が?それでは、私の贈り物が出来ませんもの。無理ですわね」 「はぁ?!・・・・・・朔は、何を贈るつもりなのかな〜?」 景時と朔の贈り物の関係がまったく掴めない。 「あら。でしたら・・・なぜは京へ残っているのでしょうね?」 面倒そうに朔が示唆する。 扇で隠した口元は、にんまりしているのだが、景時からは見えない。 「なぜって・・・まだ怨霊もいるし・・・将臣君は平氏の仲間を見届けたくて。それに、 京での季節を一度全部見てからって・・・封印が終わるのと将臣君を待つため?」 景時の言葉を聞き終え、朔が大きな溜息を吐いた。 (・・・どうして、こう・・・ハッキリ言えないのかしら?) 「兄上。まさか、の言葉を本気で信じているわけではないでしょう?」 朔に睨まれた途端、景時が俯いて左右の人差し指を合わせてもじもじしだす。 「だってさ・・・そのぅ・・・うん。本人がそう言ってるんだし・・・・・・」 「・・・兄上。もう、結構です。私、贈り物は別に考えます」 またも朔が部屋を出て行こうとするのを引き止める景時。 「うわわわわ!ま、待ってよ。別にって・・・変えるの?朔が猫柳ってコト?」 景時が贈らないのなら、朔が高雄まで採りに行くというのだろうかと慌てて確認する。 手首を掴まれた朔が、ゆっくりと景時を振り返る。 「・・・いいえ。私、が一番喜ぶモノを知っていたんですけれど。仕方ないですわ」 つんと首を背けられてしまい、景時もこれ以上は誤魔化せないと一度強く目を閉じてから 朔の手を離す。 「・・・朔。あのさ・・・・・・オレね、ちゃんに・・・・・・」 小声で朔へ応援を頼む景時。 朔の予定通りとは知らずに、上手く話がまとまった。 「おっはよ〜。今日は時間ある?稽古もおしまい?」 庭先でしゃがみ込んでいるへ、これ以上はないくらいの軽い口調で話しかける景時。 努めていつも通りにしたつもりなのだが、どこかわざとらしい。 けれど、話し掛けられた相手も緊張しているので気づかれる事はなかった。 「あ・・・おはようございます!今、素振りを終わりにしたんです。これからお散歩に行こう かな〜って。そろそろ、春めいてきましたもんね〜〜」 立ち上がりながら、声の主がいる方を向く。 景時は軽く手を懐にある文の辺りへ当てると、朔に預かった文に願掛けをする。 (・・・大丈夫。これがある。だから・・・オレ・・・・・・) の前に立つと、朔からの文をへと差し出す。 「・・・何ですか?」 「あの・・・これは朔から。それでね、これはオレと出かけてから読んで欲しいらしいんだ。 先に渡しておくね?だから・・・散歩・・・オレとしない?あ、もちろん行きたいところが あるなら案内するし。でもさ、出来れば・・・・・・」 (出かけてから文?何それ。朝、そんな事、一言も・・・・・・) 朔とは顔を合わせているのに、何ゆえ文を景時から渡されるのか? の首はかなりの角度をもって傾いた。 「・・・春だな〜って思っただけで、行き先は決めていなくてですね。だから、そのぅ・・・ 景時さんの行きたいところ?がいいです」 「ほんと?よかった〜。実を言うとさ、オレが行きたいトコは少しばかり遠いんだよね。だから、 今から馬で行きたかったんだ〜。いいかな?」 胸を撫で下ろしながら、景時がこれから行く方向を指差した。 「あっち?」 「そ。あっち。春は向こうからくるでしょ〜」 言われてみれば、西から来るのは間違いない。 「そうですね。行きましょう!」 (帰る前に・・・思い出作りしなきゃ) こちらも決意を胸に秘めていた。 「わぁ・・・猫柳だぁ・・・・・・」 少々早いが、間違いなく猫柳である。芽が硬いのはご愛嬌だろう。 「その・・・まださ、少し早いから小さいけど・・・柔らかそうな感じがいいよね」 一枝手折ると、へと差し出す。 「・・・ありがとうございます」 (まさか景時さんから猫柳をもらえるなんて・・・・・・) 思い出の品が欲しいなとは思っていた。けれど、強請るのも悪いと言い出せないでいた。 そろそろ期限の一年が近づく。春になれば、帰らなければと考えていたのだ。 (元々・・・叶うかわからないのに残る言い訳に一年って言ったんだよね・・・・・・) 景時に想いを告げる決心がつかなかったのだ。 そして、将臣が都合よく残りたいと言ってくれた。 「いいえ〜。オレ、枝を折っただけだし・・・・・・」 (気を利かせて絹でも用意すればよかったかな・・・昨日の今日じゃなぁ・・・・・・) ここでようやく猫柳は枯れてしまう事に気づく。 何も残らなくなる贈り物ではなく、の手元に残るモノにすべきだったと悔やまれる。 「・・・これ、大好きなんです。春の・・・シルシ・・・・・・」 早く帰る決心をせねばと思うのに、春が来るまではと先送りにしていた。 春のシルシを景時から貰う意味は大きい。 「そうだね。早春・・・かな。暖かくなったんだな〜って気がするよね」 口では春を喜ばしいように話しているが、春の意味は景時もわかっている。 (・・・一年・・・経ってしまう・・・・・・) まだの口からは、いつ元の世界へ帰るかは告げられていない。 告げられてからでは遅いのだ。 「その・・・今年は桜が綺麗に咲きそうだよね・・・・・・」 先の話のようでいて、すぐのような話題を切り出す景時。 その時、が視線をしっかりと景時へ合わせた。 「景時さん。桜を皆でみたら・・・帰りますね。今までお世話になりました。猫柳、春のシルシ だから。もし猫柳があったら、もう春が来たって事だなって。今朝ちょうど考えていたんです」 猫柳の芽をつついてみせる。 ようやく今朝、がしゃがんで庭を眺めていた理由を知った景時。 「ちょっ・・・まだ・・・春はまだだよ?ほら、桜の木なんて、どれがどれなんだかわからないし」 慌てて山並みを指して、花の無い山々へ視線を彷徨わせる景時。 「変な景時さん。さっき桜の話したのに。・・・とっても楽しかったですよ?時間が過ぎるの早く 感じるくらいに」 猫柳の枝を片手に持ち、が歩き出す。 「ま、待って!春なんて・・・来なくていいんだ。だって、春なんてオレは望んでない」 の背を追いかけて、その肩を掴んで向き合う。 「オレね・・・ちゃんが好きなんだ。でも、これを言ったら、君の負担になる。帰りたいのに、 帰ると言い難くさせてしまいそうで。だけど、もしも残ってくれるのなら・・・・・・」 の顔が歪む。 「オレの嫁さん・・・は、嫌かな?えっと・・・家にいるっていう意味では何も変わらないんだけど。 今日はちゃんの誕生日なのに、猫柳しか考えてなくて・・・そんなオレなんだけど。だ、ダメかな?」 俯き加減だったが顔を上げる。その表情は、泣き笑いに近い。 「え〜〜っと・・・ちゃんが好きです!」 真剣に告げたつもりだったのに、がくすくすと笑い出した。 「あ、あれ?何か・・・間違ってた?」 「間違ってないです。でも・・・・・・」 「でもっ?!やっぱり違う?」 身を反らせる仕種が、景時の慌てぶりをに伝える。 「違う・・・かも」 「違う!!!え〜〜〜?」 景時がその場にしゃがみ込んだ。 「・・・そっ。オレ、いっつも肝心な時にこうなんだよなぁ・・・・・・」 地面に文字でも書くかの様に、人差し指を動かす。 景時の向かいにもしゃがみ込んだ。 「違うんです。その・・・いきなりお嫁さんとか。すっごい話が飛んでるし。お誕生日を知ってるのも驚き だし。それに・・・帰りたいんじゃないんです。私、帰りたくないけど、皆が帰るって思ってるでしょう? ここに・・・景時さんの傍にいたいって言い出せなくて・・・だから・・・そのぅ・・・・・・」 も地面に何かを書き出した。ただし、は確実に文字を書いている。 「・・・私の気持ち・・・。読んで下さいね?」 「へ?」 が地面へ書いた文字は、景時からは逆さまだ。 よくよく頭を捻って、その文章を読む。 『だいすきです。春がきてもここにいます』 「うわ・・・・・・」 真っ赤になった景時が、自分の頬を指で掻く。 「あ!土が着いちゃいましたよ?」 が景時の頬を手拭で拭うと、朔からの文があった事を思い出す。 「そぉ〜だ。なんだろう?これ、帰ってからじゃないとダメですよね?」 桜色の料紙を景時に見せる。 「あ〜〜〜。それはね、朔からの贈りモノ。もう読んでも平気だと思うよ」 今度は耳まで赤くした景時が、青い空を見上げた。 「・・・・・・貰っちゃった!お誕生日の贈りモノ」 景時の視線がへ注がれる。 「よかった〜〜〜。朔が自信アリの贈りモノだって言うから。オレ決心したんだよ〜〜〜」 手を空へ伸ばしながら立ち上がる景時。 軽く伸びをすると、手をへ差し伸べた。 「うぅっ。朔ったら・・・知ってたんなら、早く教えてくれればいいのにぃ・・・・・・」 景時の気持ちも、の気持ちも知っていたという事に他ならない。 「いや、いや、いや。こればかりは・・・ね!猫柳が好きってわかっただけでも有り難かったよ」 さり気なくと手を繋いで歩き出す景時。 「えっと・・・ふわふわって気持ちいいじゃないですか〜。これ、よく菫おばあちゃんがにょろんって 生け花してたから。零れた芽をもらったりして、隣で見てたの。それでね、春が来るシルシなんだよって」 猫柳を再び見つめる。帰らなくてもいい春のシルシ─── 「そっか〜。オレも、ちゃんが一緒なら春は楽しみだな」 「えへへ。朔に・・・お礼言わなきゃですね」 景時の大きな手と手を繋いでいる。 もう片方には、まるでこの日を知っていたかの様に、菫に言われた猫柳の枝。 『猫柳を見たら春を追いかけなさい・・・きっといい事があるわよ?』 「ん〜〜〜。今日はちゃんの誕生日だから、言わなくてもいいんじゃない?オレにとっても記念日だしね」 「え?記念日・・・ですか」 「そぉ〜!ちゃんの誕生日で〜。お嫁さんになってくれるって約束を取り付けた日!おめでとうが沢山!」 景時がこれ以上はないというくらいの笑顔をへ向けた。 「あの、あの!私、お返事した記憶が無いですよ?」 「ええっ?!でも、受け取りしたよね?だってさ・・・朔の文って、そういう内容なんでしょ?」 すっかり結婚の承諾を得たと思っていた景時。 にからかわれているのに気づいていない。 「これには、景時さんを私に・・・・・・」 わざとらしく手紙を広げて読み上げ始める。 「でしょ〜。オレだよね、ちゃんへの贈りモノ!」 やや自信を取り戻し、頷きながら続きが読み上げられるのを待つ。 ところが、は広げた料紙を景時へ渡した。 「え?何、何・・・・・・・・・」 読み終えた景時は、最後に首をぐらりと傾けた。 『へ お誕生日おめでとう。役に立たないかもしれないけれど、兄上を貸し出しします。 せいぜい扱き使ってやってね。猫柳の枝を採らせるのに便利よ』 「オレってば、便利やさ〜ん。しかも・・・妹に騙されてるよ・・・・・・」 「そんな事ないですよ?これ・・・採ってもらったし。朔のお手紙通り!」 景時の目の前で猫柳の枝を左右に振ってみせる。 「オレ・・・大勘違いしてたよ・・・・・・あ〜、そ〜〜〜」 朔が仄めかすから、も景時を想ってくれているのではと告白したのだ。 朔の文の内容は、景時の考えていたものではない。 景時の予定では、自分こそがへの贈りモノだと考えていた。 「夕飯なんでしょうね〜。豪華に用意して待ってるって最後に書いてありましたよね!」 が景時の手を引く。まだまだ昼時である。 「・・・あ〜、恥ずかしい。オレ、昨夜は眠れなかったのにさ。・・・ま、いっか!もう少し二人で 散歩しようか〜?オレね、梅もいい場所知ってるんだ」 「はい!」 手を繋いでの初デート。 が本当に朔から貰ったものは─── 『お誕生日おめでとう。贈りモノは兄上と、二人で過ごす時間よ。春が来る前に間に合ってよかった。 それと、兄上にはもう一枚の方の文を見せるといいわよ?きっと面白い顔が見られるから』 朔ったら・・・弁慶さん並の策士さんだったなんて。 楽しい誕生日をアリガト!夕方までデートして。 きっと夕ご飯は、皆が集まってパーティー。 そこでちゃんと宣言しなきゃ。 私、ここに残るの。 景時さんのお嫁さんになるために。 Happy Birthday to me! |
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あとがき:誕生月の花は水仙なんです。思いつかなくて、一月内の花から二種類。花言葉は、猫柳が自由、蝋梅(唐梅)が慈愛。 (2006.02.05サイト掲載)