葉月生まれの貴女へ





 太陽がこれでもかと根性で輝く季節。
 蝉の声が暑さを際立たせる、そんな夏の日。

 怨霊は季節も場所も選んではくれない。
 本日の八葉、白虎組を引き連れての封印の帰り道だった。


「あれですよね〜、水が見えますよ〜〜〜お水ぅぅぅ」
 が項垂れた。
 暑過ぎると道路に揺らめく幻。
 人はそれを“逃げ水”などと言ったりする。
「地鏡は、ずぅ〜っと前にあるだけでたどり着けないんだよねぇ・・・・・・」
 景時の額を汗が伝う。
「へえ〜、地鏡なんて上手い事いいますね。僕たちの世界では、蜃気楼が
一般的ですけど」
 蜃気楼には実体がない。当然、水はないのだ。
 顔だけは涼しげを装う譲。着ているものを考えれば修行の賜物なのか。

「日が暮れてから帰ってくればよかったかなぁ・・・・・・」
 深夜の怨霊に悩まされていた西方の封印を終えての帰路。
 残念ながら、木陰が見当たらない。
「とんでもない!夜なんて、夜盗とかまで出て危ないから。日暮れまでに帰
らないと!」
「ですよね〜。朝が涼しかったから、気づきませんでしたよ。夜の方が危ない
のは事実ですしね。せめて木陰か川でもあれば・・・・・・」
 残念ながら、木陰も川もない。
 ようやく田が並ぶ辺りまで帰ってきた。

「わ〜〜!水だぁ。景時さん、少しだけ・・・ね?」
 のお強請りポーズに頷く景時。
「やった!水に冷やそう〜〜〜」
 田の脇には、水路がある。
 は水路の端に座り、靴を脱ぎ出した。

 ざぷんっ───

「ひゃあ〜〜〜生き返るぅぅぅぅ。顔も洗っちゃえ!」
 そのままはひとりで水遊びを始めた。

「譲君も水に冷やしたら?少しは涼しくなるよ?」
 しばし考え込む譲。
 手拭を濡らすと、絞って頭にのせる景時。
 まるで温泉にでも入っているようだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。少しだけ・・・・・・」
 譲も顔を洗うと、脚を水へ浸した。

「ふぅ〜。あと一時は歩かないと着かないねぇ・・・・・・」
 再び手拭を絞ると、景時が立ち位置を変えた。

「景時さぁ〜ん。そういわれると、歩くの大変な気がしちゃいますよぅ」
「ん〜?あはは!もう少ししたら日も傾き始めるからさ。風が出てくると有難い
んだけどね〜」
 景時の立っている場所は、周囲が見渡せて、に日陰を提供していた。
「えっと・・・景時さんも暑いでしょ?その・・・・・・」
「ん〜?平気、平気。これくらいは・・・ね!」
 それ以上言っても無駄な事は知っている
 ざふざぶと脚を動かして涼をとった。



「そういえば・・・・・・今日って先輩の誕生日ですね。今日くらい、封印休んでも
よかったかもしれませんね」
 譲が水から出て、支度を整えた。
「あ・・・・・・そっか。八月だもんね。いつも夏休みだから忘れられがちで、ちょっと
悲しいんだよね」
 水から上がろうとすると、あるモノが目に入る。
「あっ!!!」
「な、何?!怨霊でも出た?!」
 見張っていたはずなのに、気づかなかったとはと、辺りを見回す景時。
「ご、ごめんなさい。そのぅ・・・ちょっと」
 急いで靴を履くと、が駆け出した。

「・・・・・・何?」
「たぶん・・・アレです」
 譲の指差す方向には、黄色の花が太陽に向かって咲いていた。



「わ、わ、わ!ヒマワリあるんだ〜〜〜。いいな、いいな、ヒマワリぃ〜」
 そこから一歩も動かなくなりそうな勢いのの様子に、白虎の二人は顔を見合わ
せて笑う。
「そんなに気に入ったの?」
「ヒマワリ、大好きなんですv まさかあるなんて思わなくて・・・・・・」
 一瞬だけ景時を見たが、の視線は彼女の背より少し高めの向日葵に戻された。

「よし。聞いて来ようか」
 景時が小走りで畑で作業する夫婦者の所へ近づく。
 どうやらすぐに話はついたらしく、景時がこちらへ駆けてくる。

「いいってさ。深いらしいけど、根から掘り起こして家に植え替えようか」
 景時の後をのんびりと鍬を持った農夫が歩いて来た。
「こんにちは。ヒマワリ、頂いちゃっていいんですか?」
「もちろんです。神子様に好かれるなんて、たいした花ですなぁ」
 笑いながら、根元から掘り出し始める。
 景時もしゃがんで穴を掘り始めた。
「えっと・・・ごめんなさい!お仕事途中でしたよね?」
「草むしりしとっただけですし。これくらいすぐですよ」
 そう言われてもと、がしゃがもうとすると景時に止められた。
ちゃんは気にしないの。庭に植えてからお世話して眺めるのが仕事だよ?」
 ヒマワリを土産に、三人はまた帰路に着いた。





 帰宅したのために、譲が料理を作り、誕生日の趣旨を仲間に説明した。
 そのため、急ではあるが小さな誕生会が開かれる。

、ごめんなさいね。急だったから用意できなくて・・・・・・」
 そうは言いながらも、扇をへ贈る朔。
「ありがと〜!夏っぽくて涼しげだよ〜。嬉しいな」
 扇を開いて柄を眺める
「よく覚えてたよな〜、譲もさ」
「ほ〜んと!将臣くんだってそう変わんないのによく忘れてくれるよね」
 が将臣の頬をつついた。
「んだよ!オレだって盆近いから忘れられがちなんだよ」
 将臣がの隣から逃げた。
「兄さん・・・そういう問題じゃないでしょう?しかも、手ぶらで」
 譲が将臣を嗜めた。
「そういっても、どうして皆が用意出来るかの方が不思議だぜ」
 しっかり料理を食べ始める将臣。

 九郎はに小刀を用意した。
 弁慶は髪飾り、ヒノエは耳飾り、敦盛は腕輪。
 熊野組は、女性への贈り物慣れをしているのが妙に可笑しい。
 リズヴァーンは、鞍馬の山の神様のお守り。
 譲はの好物の料理を作った。

「私も神子に!」
 白龍は、朔と一緒に折った鶴をに渡した。
「あはは。上手に出来たね、白龍。ありがと」
 が白龍の頭を撫でると、満足げに白龍がの隣に座る。
「そういや、景時は何にしたんだ?」
 将臣が、自分の事は棚上げで景時の方を向いた。

「いいんだよ!景時さんのは、とっておきだから見せないの」
 が将臣に舌を出した。
「んだよ、秘密って」
「そうだよな〜。教えて欲しいな?姫君」
 仲間は興味があるらしいのだが、は言いたくない。

「あ〜っと。ごめんね〜、ちゃん。気を遣わせて。今日は出かけてたから、
帰ってから時間がなくて。オレからはないんだよ。そういうわけなんだな〜」
 景時が真相を明かす。
「な〜んだ!お仲間がいてよかったぜ。な!」
 将臣が景時の肩を叩いた。

「そんな事ないもん!景時さんは・・・景時さんは、ヒマワリくれたんだからっ。
私の一番大好きな花なんだよ!」
 、立ち上がり大絶叫。の気持ちはバレバレだった。

「景時。向日葵は、向日葵として。きちんと言葉を贈るべきですよ?」
「だよな〜。一番の贈り物の切り札もってんじゃん!」
 弁慶とヒノエにしっかりお膳立てされる。
 
 ここまで言われてわからない程、景時も鈍くはない。
 立ち上がると、の腕を掴んだ。
「ちょっとちゃん借りるね。ごめんね〜、今日の主役を」
「あっ・・・・・・・」
 仲間にはそれだけを告げると、の返事も聞かずに景時が祝いの部屋を
後にした。



ちゃん、突然で驚くかと思うんだけど・・・・・・オレはちゃんが好きです。
誕生日に何も用意できなくて。でも、よかったら、オレでどうかな〜なんて・・・・・・」
 とりようによっては意味深なセリフも、景時がいうと微笑ましい。
 も景時がずっと好きだったのだ。
「あ、あの・・・私・・・も・・・景時さんが好きです・・・・・・ヒマワリもね、ほんとに景時
さんに貰ったつもりで・・・嬉しかったの」
 真っ赤になって俯いた。
「お誕生日おめでとう、ちゃん」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 二人とも真っ赤で、手を繋ぐ以上の進展はない様子を遠くで仲間が見守る。

「なんかな〜、アレでも進んだ方?」
 ヒノエが弁慶の方を向く。
「景時にしては上出来だと思いますけど・・・いかがでしょう?」
 弁慶が将臣の方を向く。
「いや〜、もぼけ〜っとしてるからなぁ。かなりいいんじゃねえの?」
 将臣が朔の方を向く。
「兄上にあれ以上は・・・・・・ものんびりしてますもの。ね?」
 朔が振り向けば、残るは返事に困る面々。
「そういうのを出刃亀っていうんだ!さっさと部屋へ戻るぞ」
 九郎が簀子から部屋へと戻っていった。
「なんだよ、気になるくせに〜〜〜。な?」
 リズヴァーンも黙って部屋へと戻った。仕方がないので、敦盛を見る将臣。
「後は二人にして、我々は・・・・・・」
「そうですね」
 敦盛と譲も踵を返して戻って行く。
「・・・・・・戻るか」
 ばらばらと部屋へ戻ってゆく。

 誰もいなくなってからも、景時とは手を繋いで夜空を眺めていた。




 明けて翌朝。
「今日も元気に咲いてね〜〜」
 朝稽古の前に、向日葵にせっせと柄杓で水遣りをする
「縁結びのヒマワリだもんねっ」
 昨日、景時が運んでが剣の稽古をする庭へ植えてくれた向日葵。
「えへへ・・・大好きだよ。ちょっとは大人になれたかなぁ・・・・・・」
 景時のさり気ない優しさが大好きだった。その景時からの贈り物。



 夏の日差しに照らされて、今日も元気に向日葵が太陽へ向かって花咲く───

 





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 あとがき:“光輝”とか、“愛慕”あたりの花言葉がいいかな〜v     (2005.8.11サイト掲載)




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