文月生まれの貴女へ その日は、梅雨も明けて。太陽の日差しが眩しかった。 譲は、の気持ちに気づいていた。今日はの誕生日。 何か出来ることはないかと、朔に相談を持ちかけた。 朔は、はっきりしない兄の態度にイライラしつつ。 事が事だけに、静かに見守っていた。 「朔殿。実は・・・今日って先輩の誕生日で・・・・・・」 梶原邸の片隅で、密談が始められた。 同じ頃、庭では、景時とが仲良く洗濯物を干していた。 「きゃ〜〜〜!今日はパリパリっとお洗濯物が乾きそうですねっ」 「そうだね〜。こう、なんとなくジメッとしているような感じだったもんね」 傍から見れば、恋人同士のような二人。 しかし、二人の間には何の進展もないのが現実。 簀子で二人を眺める朔と譲は、よくもお互いの気持ちに気づかないものだと感心していた。 「兄上!!お話がありますの」 「あ、朔!あとこれ一枚なの。待ってて」 が洗濯物を伸ばし、景時に手渡した。 「こ〜れ〜でよしっと!手伝ってくれてありがと〜、ちゃん」 「えへへ。お水って気持ちいいから。楽しかったです」 二人並んで階まで歩いてきた。 「兄上。今日はの誕生日ですの。お祝いの準備をしますので」 「へ?」 “誕生日”を知らない景時は、まぬけな声を上げた。 「それでですね、主役にはみられたくないので。先輩、景時さんと散歩に行って下さい」 眼鏡を指で上げながら、何気に追い出しにかかる譲。 「わ〜、そうだったかも。誕生日かぁ。・・・・・・譲くん、ご馳走でも作るの?」 手を合わせて、嬉しそうにが簀子に立つ譲を見上げる。 「こほんっ!その内容を出来るまで内緒にしたいんですけど。駄目ですか?」 譲がいかにも教えたくない素振りをする。 「うぅ〜、知りたいケド・・・秘密も嬉しいし・・・・・・うぅ・・・・・・」 、しばし苦悩。景時と出かけたい。でも、料理の内容も知りたい。 「。私も色々考えているの。ぜひ兄上と出かけて欲しいわ。・・・の言っていた 百合を探しに行くのもいいんじゃないかしら?」 朔のさりげない誘導に引っかかる。 「百合!そうだ〜、百合あるんだよね。景時さん、山百合のある場所知ってますか?」 「う〜ん。どこかの参道でみたような・・・・・・比叡の方だったかな?百合・・・好きなの?」 景時がへ視線を移す。 「はい!あのまっすぐなところがいいなぁ〜って。でも、花粉がついちゃうのがちょっと。 だから、眺めるのがいいんですよ〜〜〜」 いかにもそれが通であるかの如くにが説明する。 「あはは!天気もいいし。馬で一っ走りしてこようか」 「はい!」 景時の後ろをが歩いて行った。 「・・・・・・景時さんって。この時代の人にしては奥手ですよね」 「・・・もね」 景時とが歩く時の距離を見ながら、深い溜め息を吐く。 常に一定距離、離れて歩くのだ。 「帰ってくるまでに進展するといいんだけれど・・・・・・」 「まあ・・・生田の時くらいの本気を景時さんが見せてくれればってとこですね」 顔を見合わせて、またも溜め息を吐いてから朔と譲は台所へ向かった。 「景時さん・・・そのぅ・・・・・・」 「へ?どうしたの」 馬に乗る=景時に抱えられるという方程式が思い浮かばなかった。 この密着度はかなり恥かしい。 「えっと・・・なんでもないです。落ちないように気をつけます・・・・・・」 そろりと景時の陣羽織を握り締めた。 「だ〜いじょうぶだって!オレがちゃんを落とすわけないよ〜。でも、掴まっててね」 内心、にしがみ付かれる状況を想像してホクホクの景時。 (わざと坂道とかでさ・・・きゃっとか・・・ん〜、イイっ!) 頭の中は不埒な妄想で埋め尽くされているが、手はしっかり手綱を握りしめ駈け出した。 「え〜っとね。この寺の参道でみたような・・・・・・」 馬を止めると、ひらりと降りる景時。手を伸ばして、も馬から降ろす。 「歩けそう?」 胸に手を当てて呼吸を繰り返すを心配そうに見る景時。 が疲れたのは馬が原因ではないのだ。 (し、心臓が・・・・・・近すぎだよ・・・・・・) 景時との至近距離に加えて、あまりに馬が揺れるので抱きつく格好になってしまった。 心臓の運動量たるや、マラソンした後のような状態。 「だ、だいじょう・・・ぶ・・・です・・・・・・」 「ごめんね〜、参道は馬では駄目なんだよね。え〜っと・・・・・・こうしよう」 景時がに手を差し出した。 「・・・・・・手?」 意味がわからず、も同じ動作をする。 「あはは〜!嫌だな。オレが引っ張るからって意味」 景時に手を引かれ、歩き出す。 (や、やだ。これってデートみたい?景時さんの手だぁ・・・うぅ、心臓もたない・・・・・・) 生田以来、ずっと景時を見てきた。 いつだって軽いノリで背中を叩かれたり妹扱いだったが、それでも安心する景時の手。 (いいなぁ・・・朔。いつも一緒で・・・・・・) 、肝心なところで鈍い。なりたいのは妹ポジションではないと思われるのだが、区別 がついていなかった。 (よしっ!手、手を繋いだぞ〜。そうそう、こういう時なら変に思われないもんね) 臆病な景時は、いつでも逃げ道を用意していた。行動に理由が欲しかった。 「や〜っぱりここか。これでしょ?山百合」 参道の途中に、群生する山百合があった。 「わ〜、そう。これです。たくさんあるから、百合の香りがすごぉ〜い・・・・・・」 山百合を見つけたにもかかわらず、離されない景時の手。 「えっと・・・景時さん?」 が景時を見上げると、景時の手が突然離された。かわりにしっかりと抱き締められる。 「景時さん?!」 わけがわからず、名前を呼ぶしか出来ない。 「あのさ・・・大切な人って言ったのは・・・・・・こういう意味だったんだけど・・・その・・・嫌かな?」 景時の表情は見られないが、ふざけているのでは無いのはわかる。 腕を景時にしっかりと回す。 「あ、あの・・・私もね・・・こういう意味ならいいな〜と思ったんですけど・・・怖くて確認出来なくて」 「・・・よかった。ごめんね、オレがはっきりしなかったから」 少しだけ腕の力を緩められたので、が景時を見上げる。 「え〜っと。ところで、“誕生日”って何?」 「その人が生まれた日って意味です。生まれてきてくれて、ありがと〜って、お祝いするの」 景時が真っ赤になった。 「そ、その・・・オレ何も用意してないんだけど・・・・・・」 景時の唇がの額に触れた。 「ちゃんに会えて・・・嬉しかった・・・なぁ〜・・・なんて」 「わ、私も!」 、最高の誕生日を迎えた初夏─── |
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あとがき:山百合は西では余り咲かないらしいんですけど(汗) 花言葉は『飾らぬ愛』ってことでv (2005.8.8サイト掲載)