水無月生まれの貴女へ





 ちゃんの初陣も無事に済んで。
 一度京へ戻ってきた。
 夏にはまだ遠くて、天気はどちらかといえば湿気りがちだった。

「はぁ〜。今日も雨かぁ・・・・・・」
 簀子で景時が庭を眺めてひとり呟くと、がやってきた。
「おはようございます、景時さん。お洗濯はお休みですね」
「おはよ〜、ちゃん。この季節はねぇ・・・・・・洗濯物が乾かなくて」
 景時が腰を下ろすと、隣にも座った。
「きっとお休みしなさいって事なんですよ。雨も綺麗でいいですよ?お外で剣の
お稽古が出来ないのは困るけど、景時さんの家広いから中でも出来ちゃうし」
「あはは〜!じゃあちゃんは休みがなくて大変だ」
 庭を眺めたまま景時が笑う。
「うぅ〜んと、休みが必要な程上達してないから・・・普通?」
「そっか」
 しばらく二人で庭に落ちる雨の音を聞いていた。



「あら、二人並んで。雨を眺めているの?」
 朔が景時との傍へ歩いてきた。
「う〜んと、そう。たまにはじぃ〜っとしてるのもいいかなって休んでるの」
ったら・・・・・・譲殿がなにやらのためにって白龍と頑張ってるわよ?」
 台所で朝餉の用意を片付けた後から奮闘している譲。
 あまり手伝いにはならないが、白龍も手伝っているつもり。
「へ?なんだろ・・・・・・白龍まで?」
 が首を傾げる。
「ええ。なんでもの“たんじょうび”らしいの。だから頑張るって。白龍なんて、
神子に喜んでもらうって大変よ?」
 小さく笑いながら朔がに理由を伝えると、が納得したように頷いた。
「そういえば、そうだ。今日が私の誕生日だぁ」
 それまで黙っていた景時も話に加わる。
「“たんじょうび”って何?嬉しいことなの?」
「こっちでは違うんですね。誕生日っていうのは、その人が生まれた日なんです。
だから、生まれてきてくれておめでとうってお祝いして、その日に一つ年齢を重ね
る日っていうか・・・・・・そんな感じです」
 の説明で、朔と景時が感心したように首を縦にふった。
「確かに。こっちだと年明けに誰もが年齢を重ねるからね。へ〜〜、そうなんだ」
 内心、何か用意は出来ないものかと思考を廻らせている。
「あら。それじゃ私も何かしたいわ。、欲しいものとかないの?」
 朔の申し出に、が笑う。
「無いよ。毎日楽しいし。最初に朔に出会えて信じてもらえて嬉しかったよ」
 の返事に朔の方が困ってしまった。
「もう!何かないの?」
「じゃあ、思いついたら言うね」
「・・・ふぅ。仕方ないわね。兄上は今日のお仕事はいいんですの?」
 突然お鉢が回って来た景時。
「えっ?いや、今日は・・・っていうか。しばらくは動けないから。うん。実質休み」
「そうですか。また変な発明で家を壊さないで下さいね」
 言いたい事だけ言って、朔は戻って行った。

「参ったなぁ〜〜〜。発明も禁止されちゃった」
 発明よりもの欲しいモノが気になって仕方がない景時。
 出来る事なら、喜ばれるものを贈りたい。
 しかし、朔との会話からは何も得られなかった。
(ほんと。参っちゃったなぁ〜〜〜。何がいいんだろ?)
 の笑顔を想像しながら庭を眺めていると、に話し掛けられた。
「景時さん。発明でお家壊しちゃったの?」
 景時の様子を窺うようにが上目遣いで景時を見る。
「うっ。酷いよ、ちゃんまで。ちょっと壁に穴が開いたかな〜くらいなのに。いや、
ちょっと屋根も飛んだか・・・・・・。別にこの家を全部壊すほどのものじゃ・・・・・・」
 言い訳しまくる景時が可笑しく、が声を上げて笑った。
「やだ〜、景時さんたら。それじゃあ朔に叱られても仕方ないですよ?」
「・・・・・・反省してます」
 肩を竦めながら、空を見上げると雲が切れて晴れ間が覗く。
(そうだ!あそこなら・・・・・・うん)

ちゃん、今日の予定は?」
 さり気なく予定を訊ねる。
「えっと・・・何もないですよ?」
「そ。じゃあ少し遠いけど、馬で出かけようか」
 景時は立ち上がると、の手を引いて歩き出した。





 がどんなに行き先を尋ねても答えない景時。
「景時さぁ〜ん。結構遠くまで来ましたよぅ?先生の庵より遠くまできた感じぃ」
 揺れる馬上で景時にしがみ付く
「あと少しだから!ほら、見えてきた」
 景時が目指していたのは、比叡山にある梶井門跡。
「お待たせっ!着いたよ」
 馬から降りると、に手を伸ばして馬から降ろしてやる。
「ひゃ〜、かなり山の上ですね」
「まだまだ上があるよ?ここからは少し歩くからね」
 さり気なく手を出してみる景時。首を傾げてから、景時を見つめる
 景時も首を傾げると、顔を綻ばせて手を重ねた
(よ、よかったよぉ〜〜〜)
 ここで手を払われたら今からしようとしている事の決心が揺らぐ。
 まずは第一段階突破といった所。
(大丈夫・・・嫌われてない・・・はず・・・・・・)
 自信はないが、隣に座ってくれたり、手を繋いでくれる
 嫌いならしないよねと自分に言い聞かせながら山門を潜り境内へ足を踏み入れる。
 途中池を見ながら橋を渡り、目的地へたどり着くと一面の紫陽花が咲き乱れていた。

「うわ・・・ぁ・・・・・・」
 青色のグラデーションが杉の木の下に広がるその場所は、山深い場所でもあり独特
の空気を醸し出していた。

「すっごい綺麗ですね!驚きました」
 ようやく現実の世界へ戻ってきたが、後ろに立つ景時を振り返った。
「よかった・・・・・・その・・・ちゃんの誕生日なのに何も出来ないから・・・さ・・・・・・」
「えっ?!それでここへ?」
 が目を見開くと、照れくさそうに視線をそらして顎の辺りを指で掻く景時。
「・・・・・・さっき思いついたんだよね。紫陽花、ご住職に話せば少し分けてもらえるかも
しれないし・・・どれがいい?」
「えっと・・・たくさん観たからいいです・・・・・・景時さんと一緒に観られたし・・・・・・」
 景時がに視線を向けると、真っ赤になって俯いている。
(その・・・期待しちゃっても・・・いいの?)
 景時の頭の中は、様々な言葉が駆け巡っている。
 あまりに考えすぎて、一番簡単な言葉を叫ぶ結果になってしまった。

「オレ、ちゃんが好きですっ!」
「わ、私もっ。景時さんが好きですっ!」
 お互い顔を上げると真っ赤で、しかも大声での告白になってしまった。
 どちらからともなく笑い出す。
「・・・オレ、格好悪い・・・・・・」
「そんな事ないですっ!でも・・・朔にお願いする事決まっちゃった」
「えっ?!朔にだけ?」
 景時にはモノを強請らずに、朔にはあるというのだろうか?
 想いが通じたというのに、少しばかり寂しくなったその時───

「景時さんを頂戴って・・・帰ったらお願いしようかなって・・・・・・」
 の言葉で景時が破顔一笑する。
「朔に言ったら、清々したって言われて終りだよ!」



 紫陽花の庭で、二人はそっと抱き合った。
 お誕生日おめでとう、ちゃん。
 今日からは、堂々とちゃんの隣にいてもいいよね?





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 あとがき:梶井門跡=三千院だったりします。雨降りの紫陽花は趣があって好きですv     (2005.6.18サイト掲載)




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