マイホームパパ (番外・友雅) 「ただいま」 まだ年明けから三日目だというのに、フラリといなくなった人物の帰宅の声。 すっかり習慣になった予告の意味の挨拶が、いつも通り玄関で実行された。 そうしてその人物は、これまたいつも通り出迎えを待たずにリビングへ向かった。 「友雅さん、おかえりなさ〜い。雛、お昼ご飯待てなくて・・・・・・」 先に食べていたとまで言う前に、友雅の瞳が穏やかなものになる。 茜も安心して再び食卓で転寝中の愛娘を見つめる。 「可愛い雛を待たせては悪いからね。お土産があるけれど、今は無理かな」 雛の隣の椅子に静かに座り、今にも手から零れそうなスプーンを掴む手助けをする。 「それで?さんには会えたんですか?」 友雅がいるなら席を立つことができる。 友雅の食事を温めるために席を立った茜が、思い出したようにカウンターから尋ねた。 「・・・よくわかったね、行き先は言わなかったのに。どうしてそう思ったんだい?」 ちょんと雛の鼻先をつついたりしながら、茜の質問に質問で返す。 「年末の食事会に行かなくて、新年会も行かなくて。さんは、ご家族で京都にいら していたのでしょう?変ですよ、会わないのは」 正月料理も飽きたので、本日の昼食はカフェ風ランチ。 プレートに種類をのせるようにすれば、友雅の食事から少しだけ雛の分を取り分けら れるお手軽さ。 友雅もそれを喜んでいるのだから、茜としては大助かりだ。 「それは・・・翡翠の白菊からの情報かい?」 目覚めた雛がまた一口だけ頬張るのを眺めていると、友雅に気づいたようだ。 「ぱーぱ。ごはんたべた?」 「今からだよ。そうだなぁ・・・雛より早く食べ終わるかもしれないね」 茜が運んできたプレートを、少しだけ雛の向かいに座った茜の方へ押し戻す。 「友雅さん?」 「先に少し食べるといいよ。私はそちらをひとつ頂こうかな」 茜の前にあるおにぎりをひとつ手に取る。 友雅がいなかったため、茜の食事は雛を看ながら出来るよう考えたようだ。 「もぉ〜!友雅さんのために作ったのに!」 早く食べ終わらせれば気づかれなかったのにと、悔しいのか頬を膨らませる。 「そう言われてもねぇ・・・・・・」 雛の食事スピードはかなりゆっくりめだ。 食べては余所見、また食べては次を迷い、話しだしと、時に転寝も含まれる。 「雛とゆっくり食べたいのだよ」 友雅自身は、とくに食事に興味はない。 誰とどのように食べるかが重要であり、今は雛を眺めながら頬張れるおにぎりの方が 友雅に都合がいい。 茜にもきちんとした食事をさせてあげられるおまけつきだ。 友雅の気遣いを無にすることなく、茜はスプーンを手に取った。 「リゾット、味見したときはとっても美味しかったんです。半分だけ頂きますね?」 雛はいつもの夫婦の会話には興味がないのか、ポテトサラダに取り掛かる。 「はーい」 友雅へ少し食べろと言う仕種をする雛。 「雛。野菜は食べなくてはいけないよ」 軽くそのスプーンの先を雛の口元に返してやる。 相手をして欲しくてしているだけの他愛もない遣り取り。 「たーべた」 「雛はいい子だね」 友雅に褒められご満悦の雛は、ようやく食事に集中し始める。 そんな二人を眺めてから、茜は会心の出来のトマトリゾットを一口食べた。 「雛はパパ大好きっ子ですよね〜」 普段はそこそこお転婆娘で手を焼くのだが、友雅がいると機嫌がいい。 今日は食後に友雅に遊んでもらっているうちに、まんまと昼寝の時間に突入だ。 すっかり冷めしまった友雅のコーヒーを新しいものにかえると、そのまま隣に座る。 「いつもはぶーぶー言って寝ないのに。パパに抱っこだとこんなに静かで」 寒くないよう、そっとブランケットをかけてやる。 「茜は雛に甘いからねぇ・・・・・・」 叱りきれないところが茜にはある。 よって、泣いて引き止めても仕事に行かれてしまう友雅との違いを、既に認識してい るようだ。 「友雅さん、わざと線引きしてるんですもん。仕事おサボり得意なのに」 新婚時代は、仕事か遊びか怪しさこの上ない出勤ぶり。 雛を身ごもっていた時は、ほぼ半日での帰宅。 友雅の秘書が、マンションの階下に臨時オフィスを開設するほど。 その友雅が雛を振り切って出勤するのは、どう考えても無理がある。 「茜のように、相手を思いやれる素敵な女性になって欲しいからね」 母親を見て育つのだから、基本的なところは心配していない。 躾の部分にだけ、少しばかり父親らしい方法で手を貸そうと決めている。 「またそーゆーわかんない理屈言ってる!私が見本じゃ無理なんですぅ〜」 茜的には、友雅の方が相手に気づかせない思いやりがあると思う。 詩紋も同部類かもしれない。 しかし、友雅の雛に対する躾は、天真や泰明寄りかもしれない。 (最初のころは大変だったなぁ・・・・・・) 瞳から大粒の涙を流したまま、玄関から動こうとしない雛。 茜が抱き上げようとすると大暴れで、意地でもそこから動く気配はなかった。 そうして昼になり、友雅は戻ってこないのだと諦め半分、もしかしたらの期待で離れ られぬまま、その場で疲れて眠ってしまっていた。 「友雅さん、おやつには居るんだもの」 「ん?今日のきなこプリンはお気に召さないかい?」 雛のご機嫌とり用のおやつを携えての帰宅。 少しだけ雛に厳しくした後は、必ずとびきりの甘やかしとおやつ付き。 「今日じゃなくて!雛を初めて置いて行っちゃった日のこと」 「ああ・・・あの日のこと。もう雛は覚えていないと思うけれど」 雛の首が痛くならないよう、角度を変えて抱え直す。 「・・・覚えてますよ。だからパパに我がままする時は、大丈夫そうな時を選んで」 「茜は我がままを言わないからねぇ・・・雛を見習ってはどうだい?」 茜からの我がままといえば、友雅にこの世界へ来て欲しいと言ったことくらい。 友雅にしてみれば茜と離れるつもりはなかったのだから、我がままに数えていいのか 悩ましい。しかし、初めての願いというならば、間違いなくそれだ。 「お買い物とか、雛の誕生日のケーキとか、結構言ってるのに」 何を思い浮かべているのやら、茜は指折り過去の我がまま事例を数えだす。 「私じゃなくても出来る事は、あまり我がままという気がしないね」 買い物や雛の大好きなキャラクターを模ったケーキは、友雅じゃなくても可能。 そろそろ目覚めそうな雛の動きに、茜が立ち上がる。 「友雅さんって、何でもできちゃうからそういうこと考えるんです。友雅さんに!して 欲しいってトコがポイントなのに。雛だって、おやつも嬉しいけど、パパと食べる方が 嬉しいんです。友雅さんがいない時にきなこプリンを出したって・・・・・・」 ここから先は秘密とばかりに、おやつの準備のためにキッチンへ行ってしまった茜。 一方、取り残された友雅は、ここでようやく茜たちも友雅と同じなのだと気づく。 (誰と・・・か。ああ、また教えられてしまったようだね) 「茜。我がままを言ってもいいだろうか?」 「なんですか?急に」 お茶の支度を整えてテーブルに用意した茜が、再びキッチンへ戻らずに立ち止まる。 「実は・・・殿の姫君にお会いして来たのだよ。此度の八葉は、翡翠と違って素直 な青年だった。出来ればこれからは表立って彼らに協力したい」 友雅の言葉に、茜が盛大に脱力する。 「それって、我がままじゃなくて普通です。それに、友雅さんが話してくれなかったら、 私から言おうと思っていた事だし。ちゃん、可愛かったですか?」 花梨によれば、しっかり者でとても可愛いとのこと。 茜も話してみたいと思っていたところに、友雅の協力したい発言。 「一般的に言うならば、可愛いのだろうね。もっとも、景時にとっての女性は彼女だけ のようだけれど」 「ま〜たそういう事言って。友雅さんはどう思ったんですか?他の人の意見が聞きたい わけないでしょう?」 茜の前で他の女性を褒める事をしないのは、友雅なりの気遣いなのだろう。 わかってはいるが、今回ばかりは他の状況とはわけが違う。 もともと茜も協力したかったと告げたばかり。 に対して焼きもちを焼く理由もない。 「龍神の神子に選ばれる資質を感じたよ。空から声が・・・聞こえる気がすると」 「わ〜〜〜、そんな素敵な女の子なんですね!いいな〜、花梨ちゃん大絶賛だもん。私 だって会ってみたかった〜」 悔しそうに手を拳にする茜。 「そんなに悔しがらずとも、春には会えるよ。桜を観る約束をされたそうだから」 友雅の視線が窓へ移る。最上階からみえる景色に緑はない。 茜も楽しんだことがある、季節とともに過ぎゆく景色がここにはないのだ。 「やっぱりお家、向こうにしません?私のためにここにしたんでしょう?」 友雅の持ち家は他にもある。今でも季節毎に居を一時的に移すが、ベースは何故か今 のマンションになっている。市内の中心に近く、生活に便利なのは確かだが。 「マンション暮らしに飽きた・・・のかな?」 かつていた世界では邸暮らしだったが、この世界、この時代を考えると、とくに拘り はない。ただ、友雅不在時の警備の都合だけが理由として残る。 後は茜が不自由をしなければいい。 「友雅さん、私が楽なようにここを買ったでしょう?お買い物も近いし。でも、お庭が あるお家だって、楽しいし好き。藤姫ちゃんのお家みたいに広くなくてもいいの。皆を 招待してホームパーティーとか。花梨ちゃんとだって、もっとたくさん会いたいし」 不自由のない生活に疑問がないわけではない。すべてが友雅の気遣いの上に成り立っ ているのはわかっている。それを口にするのが、友雅を不安にさせるようで嫌だった。 しかし、次の神子が現れ、京都を訪問してくれるとなれば話は別。 来訪時に寛げる場所を提供できたら─── 「春に・・・山科の家へ戻ろうか?」 「ほんとに?だったら、春より少し前がいいな。雛とお庭に花の種を蒔いたりしたい。 向こうにいた時、季節毎にお庭が変わって見えて」 雛を起こさぬよう、そっと友雅の隣に座る。 友雅の視線が茜と雛に戻る気配を確認してから、肩へ寄り掛かった。 「向日葵、お庭にニョキニョキは変かな?」 「茜がしたければ自由にするといいよ。茜と雛がいれば、どんな風景でも」 茜の提案は、数本単位のイメージではないと思われる。 つい茜と雛が庭で遊びまわり、と花梨が加わるのを想像する。 景時は振り回され、翡翠は頭を抱えることだろう。 「・・・偶には翡翠が慌てるところを見てみたいねぇ」 「そ〜いう顔してました。花梨ちゃん、雛と本気で遊んでくれるのは嬉しいんだけど、 ちょっと心配だな〜って思って。友雅さん、翡翠さんの事考えていそうだった」 いつもの友雅が戻って来た気配に、そっと立ち上がる。 「友雅さん。イジワルな事考えちゃダメ。私、皆を招待したいの。もちろんお泊り」 きっちり、はっきり指で友雅の眉間を指し示す。 「仰せのままに。私も・・・同じ気持ちだよ。もう少し景時とは話がしてみたい」 翡翠の時は頼もしい仲間と面倒が増えたと思った。 残念ながら、天真や詩紋では頼れない部分が多すぎた。 雅幸は頼れる人物だが、常に京都にいるわけではない。 「陰陽師らしいんだ、今度の白虎殿は。実力の程はみる機会がなかったが」 「泰明さんみたいな感じ?」 茜がよく知る陰陽師の名を上げる。 「あんなに無表情で硬い口調ではないよ。雛は気に入ると思うな」 どちらかと言えば、相手の事を考えて、考えすぎてのタイプだ。 翡翠と決定的に違う点でもある。 「ちゃんの大切な人で遊ぶのもダメですからね。・・・そろそろおやつかな」 友雅の腕の中で動き出す愛娘。 目覚めて最初に友雅が視界に入れば、おやつの時間の合図でしかない。 茜はきなこプリンを取りにキッチンへ向かう。 「もちろん。彼には、私ではなく雛と遊んでもらうよ。ね?」 目覚めた雛に頬ずりをすると、笑い声が上がる。 「雛がお姉さんになるのはいつだろうね」 「きゃ!おやつ」 いきなりバンザイをし、友雅の膝からラグへ滑り降りる。 テーブルに手をついて立ち上がると、おやつを待ち受ける姿勢をとった。 「雛ちゃん。今日はきなこプリンだよ」 「ぷぷぷりーん!つるるん」 茜がプリンとスプーンを雛の前に用意すると、妙な節をつけて踊りだす雛。 友雅にとって最高の時間の始まり。 「慌てなくてもプリンは逃げないよ」 前回、スプーンからプリンが逃げ落ちて大泣きした雛。 今日はそうならぬよう手を貸したいところだが─── 「ひなちゃんのぷーりん」 片手でカップ押えながらスプーンを立てている。 零れる寸前に上手に口へ運ぶ事ができた。 自分の分としてカップがひとつ手元にあることが嬉しいようで、もしもの 場合は友雅の分を上げればいいと思い直す。 友雅の分は数合わせで、食べたいわけではないからだ。 春にはオトモダチが増えるからね─── 雪が降り出しそうな空。 今頃は東へ向かう面々の顔を思い出す。 茜に来訪予定が告げられるのは、もう少し後の話。 |
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≪景時×神子に30のお題≫の続編風の続編風→現代へ
あとがき:ご無沙汰で何故か友雅さんと。ありがちな脱線ぶり! (2015.09.23サイト掲載)