Happy Time





 今日は何にしようかしら?───



 最近ではすっかり上手に主婦業もこなせるようになってきた
 掃除や洗濯の手際はよくなったが、悩みは料理である。

「ふぅ。お野菜を剥いたりするのが上手になっても、メニューは思い浮かばないのよね」
 簡単なものならすぐに出来る。
 いわゆる朝食メニューならば、ある程度定番メニューを日替わりでかまわない。
 問題は夕食の方。
 日中、ジェイドはファリアンで一番人気のケーキ店へ働きに行っている。
 昼食は自分だけになるので、朝よりも問題がないくらいだ。



「おかえりなさ〜いって・・・言う前に出来ていないとダメなんだから!」



 気合を入れ直して料理の本をめくる。
 うかうかしているとジェイドが帰宅してしまう。
 ややもすると作りかけで帰宅されてしまい、残りはジェイドが仕上げてしまったりするのだ。


「むむぅ・・・・・・何にしよぅ・・・・・・・・・・・・」



 あまりに真剣に考え込んでいるため、背後に忍び寄る気配にまったく気づいていない。
 身重のが心配で、雨が降る前に急いで帰って来たジェイド。
 何が可笑しいといって───



!何を読んでいるのかな?」
「ひゃうっ!ジェイドさん?こんなに早く・・・・・・」
 キッチンの時計をみれば、まだ三時である。
 五時半前後が通常の帰宅時間なのだから早すぎだ。

「うん?ほら。雨が降りそうだったからね。洗濯物を取り込まないと。重いものは持ってはいけないよ」
 そういいながら、いつの間に済ませたのであろうか洗濯物は既に家の中。

「と、いうわけで。今から夕飯の支度?メニューは決めたの?俺に言ってくれればいいのに」
 ぴたりとの背後に張り付き、開いてあるページを覗き込む。
 長身のジェイドに肩口から覗き込まれると、はその身が包まれてしまう。

「あっ、あの・・・その・・・・・・」
「どうかした?今日は洋風の予定?」
 距離について言及したかったのだが、ジェイドはメニューについてだと思っているようだ。


(ジェイドさんって・・・くっつきたがりなんだもの・・・・・・)


 夫婦になって一年になるが、まだ慣れていない。
 とにかくピタリと傍にいるのだ。
 手を繋ぐのは距離がある方だ。
 それぐらいの密着ぶり。


?今日は俺が作るよ。何がいい?それに・・・こんなに重い本はよくないからね」
 やんわりと料理本を取り上げられてしまった。

「本はテーブルに置いて読んでいるから重くないです・・・・・・」
「そうだけど、これを本棚から取ったんだよね?」
「・・・・・・そうです」
 どうにも会話がかみ合わない。
 の妊娠が判明して以来、ジェイドの甘やかし指数は上がりっぱなしだ。


(そのうちフォークも持たせてもらえなくなりそう・・・・・・)
 本をさっさと棚へ戻し、メモへメニューを書き付けているジェイドを見つめる。
 冷蔵庫の中など確認せずとも、何があるかなど記憶しているのだろう。
 栄養バランスまで考えられた完璧な夕食に仕上がることは間違いない。


。今夜はこのメニューでどうかな?ああ、もちろん俺が作るから心配しないで。
洗濯物も後で俺がたたむし、風呂の準備もするから。は座ってて?」
 まだまだの腹部は目立たない。
 確かに大切な時期ではあるが、ここまでの大事をとるほどではない。
「あの・・・・・・」
「どうかした?あ!俺としたことが。夕飯の前にスイーツかな?まだ三時十二分だし」
 さっさと一人で話しを進めてしまうジェイド。
 いつか言わねばと思っていた事は、今言うべきだろう。
 がテーブルに手をついて立ち上がった。


「ジェイドさん!あの、あの。私だって家事をしたいんです。ううん、家事とかじゃなくて。
お料理だってまだまだ下手だけど、ちゃんとジェイドさんの奥さんしたいの!だから、あの・・・・・・」
 お茶の用意を始めていたジェイドの手が止まる。

「・・・・・・。もしかして、ずっと・・・・・・怒っていた?」
「怒ってるんじゃないんです。私だってジェイドさんに喜んで欲しいんだからっ!!!」
 上手く言葉が出ないことに焦れて、やや大声になってしまう。
 

(こんな事が言いたいのじゃないのに。上手く言えな・・・・・・)


 あまりのもどかしさに両目を思い切り瞑る。
 そうしないと涙が零れてしまうからだ。
 自分の感情の乱れをジェイドにあたっても仕方がないのはわかっているが止まらない。
 止まらない時は黙るしかない。


「ごめん・・・・・・俺・・・・・・」
 確かに浮かれすぎていたかもしれない。
 毎日が楽しくて、新しい命も授かり、叶わないと思っていた事がすべて叶ってしまった事に。
 途惑いながらもを抱き締めると、その身を預けてくる。


「俺・・・毎日が嬉しくて楽しくて・・・・・・」
「私もです。・・・少しは運動しないといけないし、お家の事もちょっとずつ上手になったと思って」
 ようやくジェイドにもが言わんとすることが理解できた。
 の言葉はジェイドを非難してのものではなく───


「家に帰る時が一番嬉しかったんだけどな。がおかえりなさいって。それでけでほっとした。
大切な時期なのに、ひとりで家にいるのかと思うと気が気じゃなかったんだ。そう言えばよかったね」

 ジェイドの言葉でも理解した。
 ジェイドの行動はを甘やかすのでも、仕事を取り上げるのでもなく、労りからでた
ものである事に。ただ、いつもながら加減をしらないだけの事。


(やだ・・・私ったら・・・・・・ジェイドさんはそういう人だって知ってるのに・・・・・・)


「ごめんなさい・・・私・・・・・・」
は悪くないよ?ただ、俺は代わることが出来ないから。身体がどれぐらいつらいものなのか
とか、ちっともわからなくて。今日は俺が夕食を作ってもいいかな?には洗濯物を
お任せしたいな」
 ジェイドに瞳を覗き込まれると心臓が跳ねてしまう。

「あの・・・その前に・・・お茶淹れます・・・・・・」
「そうだった!スイーツを食べようって言っていたのにね。実は、店から持って帰って来たんだ。
試作品の残りなんだけれど、中々上手く出来たから。も美味しいって言ってくれたらお店に
出してもらおうって思ってさ」
 ウインクをされると、ついつい笑いが零れてしまう。

「私・・・なんですか?」
「店長はOKくれたけれど。俺の基準はの笑顔だからね。まだ自信がないんだ」
 ジェイドが作るもので美味しくなかったモノはない。
 それなのに、何故かジェイドはが食べる様子をつぶさに観察する。
 まるで嘘は見逃さないとでもいうように───



「さっそく食べましょう!私、今日はどうしようかなって思っていたんです。だって、この前の紅茶の
シフォンケーキがとても美味しかったから。私も作ってみようかなって」
「ほんとうに?そんなに気に入ってくれたんだ。じゃあ、今日のもいけるかな」
 紅茶のダコワーズとトリュフを持ち帰ったジェイド。
 紅茶で何かを作りたくていくつか考えて試作したのだが、が好きそうなのはこの二点
だと思って絞り込んだ。
 には試作の残りといったが、可愛らしく箱につめてきた。
 それを手渡すと、早速が蓋を開けた。

「可愛い。それに・・・紅茶の香りがしますね」
「そうなんだ。紅茶を使って考えていて・・・どうかな?」
 やはりどこかの様子を窺っているジェイドに、が箱を手渡した。

「これは!ジェイドさんが可愛くお皿に並べて下さいね。私はダージリンティーの用意をしますから。
今日は紅茶パーティーにしましょう」
「パーティーか。楽しそうだね。よし!テーブルのセッティングは俺の担当だね」
 ジェイドが足早に動き出す。

「うふふ。私も紅茶の準備!ダージリンならさらっと飲めるから丁度いいし」
 紅茶の缶へ手を伸ばそうとすると、背後から楽々と手が伸びてきた。
「はい、どうぞ。高いところのモノは俺がとるからね。後はにお任せするよ」
「ありがとうございます。そうですね、背伸びはしないようにしますね」
 二人の目が合い微笑みあう。
 互いに出来る事を手助けすればいい。





 テーブルの中央には小さなコップに飾られた花。
 スイーツのプレートと紅茶のカップで小さなお茶会が始まる。

「ジェイドさんの新作、お店に並ぶんですよね?」
「そうだね。がそれだけ美味しそうに食べてくれたなら・・・自信があるよ」
 軽く唇を合わせれば、ほんのり紅茶とチョコレート味。

「・・・ジェイドさんたら、いつも突然なんだから」
「じゃあ、これからは先に尋ねた方がいいかな?今からキスしてもいいかい?」
 まさに直球勝負のジェイドの事。
 言われた通りに確認をすぐにした。

「・・・・・・いいです」
 真っ赤になり俯きながらも返事をする
 言ってしまった手前、正直に確認されては嫌とは言えない。

「よかった。じゃあ・・・・・・・・・」
 と新しい命を抱き締めて、改めてキスをするジェイド。
「毎日幸せで・・・どうしようね」
「おまじない効果ですよ。また二人でおまじないしましょう?」



 今日も。これからも。
 幸せ、幸せ、幸せ───





 2008.02.10
    突然続きが書きたくなるのはよくあることでして(笑)



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